親子の体験が新聞に! 東京ドームシティの「世界に1つだけの思い出新聞」で探る生成AIの新たな可能性

チャットボットの質問に回答して新聞を作成。94%の高満足度を獲得した東京ドームシティの取り組みについて聞いた。
写真左から、「AI東京ドームシティ新聞」を担当した株式会社東京ドーム(以下、東京ドーム)の木村成美氏、髙田美里氏、Hakuhodo DY ONEの中原柊氏、東京ドームの吉岡宏樹氏、矢倉和雄氏

東京ドームは、2024年8月12日〜31日の期間限定で、生成AIを活用した新聞生成化サービス「AI東京ドームシティ新聞」を、東京ドームシティ内の屋内型キッズ施設 ASOBono!(アソボーノ)にて無料で実施した。

これは、スマートフォンを使ってチャットボットからの質問に回答することで、個々の思い出が記されたオリジナルの新聞が発行されるサービスだ。チャットボットのシステムと新聞の文章作成に生成AIが使われている。

本企画を担当した東京ドーム、及び外部パートナーのHakuhodo DY ONEの担当者に「AI東京ドームシティ新聞」の開発のねらいや体験設計のこだわり、実施後の反響を聞いた。

チャットボットとの会話を通して、生成AIが新聞を作成

AI東京ドームシティ新聞は、東京ドームシティ内の屋内型キッズ施設 ASOBono!にて期間限定で提供されたサービスだ。

生成AIを活用したチャットボットとの会話を通して、新聞生成に利用する情報を取得する(東京ドーム提供)

スマートフォンから指定のQRコードを読み取ると、画面上にチャットボットが現れる。利用者から個人情報取得に関する同意が得られたら、チャットボットが子どものニックネームや年齢、その日の体験内容や感想などを会話形式で質問する。質問は全部で10個ほどあり、所要時間は約5分となる。ASOBono!は小学生までの子どもが利用できるが、未就学児の利用が最も多いことから、質問はすべてひらがなで表記している。

チャットボットとの会話後、約10分で紙に印刷されたオリジナルの新聞が完成

すると、約10分後にA4サイズの紙に印刷されたオリジナルの新聞が完成。フォーマットは共通だが、掲載されている写真とその下に記載された文章は個々に異なり、「世界に1つだけの思い出新聞」となる。その日の体験を形にして残すことができるのが最大の特徴だ。紙面もまた、ひらがな、かつ易しい言葉で表記されている。

新聞の下部には、将来の夢を書き加えるスペースや間違い探し、クーポンなどを配置

フォーマットには将来の夢(大きくなったらなりたいもの)を書き加えられるスペースや、その日の体験にひもづいたクイズ、間違い探しもあり、子どもの遊び心を掻き立てたり、親子のコミュニケーションツールになったりという側面もある。

注力した「体験設計」、回答しやすいコミュニケーションデザインに

同サービスは、東京ドームのマーケティング企画部とデジタル戦略部、及び外部パートナーのHakuhodo DY ONEが連携して開発された。マーケティング企画部が目的とする「顧客理解の深化」と「顧客の体験価値向上」を起点に、デジタル戦略部とHakuhodo DY ONEが持つデジタルや体験設計の知見を盛り込んでいる。

同サービス開発の一番のねらいは「顧客の体験価値向上にある」とマーケティング企画部で統括主任を務める矢倉和雄氏は話す。

「顧客理解の深化」と「顧客の体験価値向上」に取り組むマーケティング企画部の矢倉氏

近年トレンドになっている生成AIを手段として活用しながら、お客様に楽しさを提供するサービスを作りたいという思いが発端になっています。アイデア自体はHakuhodo DY ONEさんの提案で、世の中でも類似例が見当たらない先進性や形として思い出に残る点がユニークだと思い、実用化にいたりました(矢倉氏)

サービスのこだわりは随所に表れているが、特筆すべき注力ポイントは「体験設計」だと、Hakuhodo DY ONE DXコンサルティング本部 シニアマネージャー/チーフAIストラテジストの中原柊氏は言及する。

Hakuhodo DY ONEで生成AIを含めたDXプロジェクトに多数携わっている中原氏

生成AIのシステム基盤には会話型AIに特化したプラットフォーム『miibo』を使用し、利用者が気持ちよく回答できるコミュニケーションデザインにこだわりました。たとえば、『今日の体験はどうだった?』といったラフな質問ではなく、『アドベンチャーオーシャン(エリア名)ではボールプールで遊んだ?』『すべり台をすべるときはワクワクした? それともドキドキした?』など具体的な名称を出して聞いたり、選択肢を提示したり、といった具合です(中原氏)

チャットボットの会話に加え、新聞の文章作成も生成AIが担っている。その際、構成や文章の要素において、「見出しには名前と感情を入れる」「本文は体験日の日付から始まり、その日に遊んだ体験や感想を盛り込む」などAIにあらかじめ指示を与えているそうだ。

東京ドームシティにおけるデジタル戦略を担当する吉岡氏

生成AIに加えて、文章や写真を流し込むためのフォーマット、流し込む作業を行うシステムなどを組み合わせることで10分ほどで新聞作成を実現しています。人間が行うのは最終の成果物のチェックのみです。万が一、攻撃的な表現などが含まれていた場合は作り直す運用になっていましたが、事前に制御していたこともあり、実際にはそうしたエラーはありませんでした(吉岡氏)

満足度は94%、顧客の体験価値向上に加え、利用データの収集も

夏休み期間の19日間に無償でサービスを提供したところ、利用者の11.5%が利用した。運用に際しては、受付でQRコード入りのチラシを配布したほか、入口付近のエリアに新聞受取用の特設ブースをおいて利用を促した。利用者に向けて実施したアンケートでは、満足度が94%と体験価値として非常に高いことが示されたという。

新聞を手渡しした際に、『すごいね』と喜んでいただく反応を多く目にしました。祖父母に渡すために2枚をお持ち帰りになった方もいれば、『自宅に飾ります』と話してくださった方もいました。個別の思い出として形に残せる点に高い支持を得られたようです(木村氏)

東京ドーム マーケティング企画部 木村氏(左)とデジタル戦略部の髙田氏

デジタル戦略部の視点としては、『子どもが生成AIを体験できること』に興味を示す保護者の方が多いかと思っていたのですが、そこは価値としての認識が低く、お子さんが主役の思い出が残せる点を価値と感じる方が圧倒的に多かったです(髙田氏)

AI東京ドームシティ新聞の副産物として、施設の利用データも取得できた(東京ドーム提供)

顧客の体験価値向上に加え、副産物として施設の利用データを取得できたこともメリットだったと矢倉氏は言及した。

以前は、利用者の属性と利用日時のデータしか取得できていませんでしたが、サービスの提供を通じて、利用者がどのような遊具で、どんな遊び方をしていたかのデータが取得できました。年齢による楽しみ方の違いなども解像度が高く把握できたので、今後の施設改善に利用できると思います(矢倉氏)

今後の展開として、同技術を活かした有料サービスの提供を検討している。体験価値が高いという手応えは得ているため、有料化しても価値を感じられるコンテンツを練っているという。

東京ドームでは、顧客満足度の向上や業務効率化を目的とした生成AIの活用法を積極的に探っている

さらに、吉岡氏は現在の生成AIの弱点にも触れたうえで、今後も積極的に導入していきたい意向を示した。

生成AIに強い可能性を感じる一方で、お客様向けに活用する場合、最も気を付けなければならないのがハルシネーション(AIが事実と異なる情報を生成する現象)のリスクだと考えます。公式として提供するならば、誤情報を伝えるわけにいきません。その点、AI東京ドームシティ新聞はお客様から得た情報のみを利用して文章を作成するので、リスクコントロールが容易であり、AIの強みを活かした成功事例だったと思います。今後もそうしたAIの強みと弱みを把握したうえで、お客様の満足度が上がるようなサービスを提供していきたいです(吉岡氏)

現在、東京ドームでは業務効率化などを目的とした社内向けの生成AI活用も導入されているという。

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