RFPがすべての始まり――吉祥寺が犯した失敗/【小説】CMS導入奮闘記#4
前回までのあらすじ CMS導入によるリニューアルについて、社内関係者にヒアリングを行う吉祥寺。まとまらない声に押しつぶされそうになるも、かつての上司、東小金井の言葉によって、今回のリニューアルで果たすべき目的に気づくのだった。(→第3話を読み返す)
社内調整の方向性が見えてきた吉祥寺は、社外のパートナー選びへ動き出す。また、代々木は旧友であり、現在のパートナー会社社長の大月と盃を交わし、理解を求めるのだった。一方、相見積もりを取ろうとする吉祥寺には新たな問題が発生していた。
社外パートナー選びという難問
社内ヒアリングは、吉祥寺を大いに消耗させたが、得たものも大きいと彼は感じていた。小規模のベンチャー企業や中小企業ならばともかく、ファミリー製薬のような大企業がウェブサイトをリニューアルしようとする場合、社内のあらゆるニーズを満たすことは事実上不可能なのであって、要件を絞り、それを確実に達成することこそが重要なのである。その視点を得たことによって、彼は自分の仕事が大きく前進したと思った。
吉祥寺は、この間の自分の行動の結果をひと通り代々木に報告した。CMSを導入する方向でリニューアルを進めたいということ、宣伝と人事に関する情報については、ウェブの統一的な動きから外すべきであること、その上で、今回のリニューアルプロジェクトの目的を明確する必要があること――。以上の点について、代々木から異論は出なかった。
しかし、代々木と話し合うべきことは、もう1つあった。社外のパートナー事業者についてである。ファミリー製薬のウェブサイトの制作や運用は、代々木の旧友である大月昭治が社長を務める銘光社がすべて担っていたが、今回のリニューアルの作業には、事業者の再選定を含めるべきであると吉祥寺は考えていた。
「CMSの導入を前提にして、一度、外部の事業者から見積もりを出してもらうことが必要だと思います。今後のことを考えるなら、複数業者からの相見積もりにすべきであると思われますが、いかがですか?」
それがあくまでも1つの原則論としての提案だったのは、代々木の顔をつぶさないようにしようという吉祥寺の精一杯の配慮だった。しかし、その口調には、代々木の決断を促さずにはおかない毅然とした響きがあった。
銘光社は、実績があるとはいえ、ファミリー製薬にとっては数あるパートナー企業の一社にすぎない。しかも、その「実績」は必ずしも満足のいくものではない。もし今回の見積もりによって、金銭面、あるいはサービス面で他社に見劣りするのなら、当然、別業者と変えるべきである――。そんな吉祥寺の意図は、代々木にも伝わっていた。しばらくの間黙り込んでいた彼は、おもむろに顔を上げてこう言った。
「その通りでしょうね。大月、いや銘光社には私から言っておきます。見積もりを出すに当たっての要件をまとめておいてもらえますか?」
「わかりました。では、他に3社から見積もりを取ろうと思います」
吉祥寺は、用意していたウェブサイト制作会社のリストを代々木に渡し、すぐに要件を整理する作業に取りかかった。
新大久保の韓国料理屋にて
代々木が大月と直接会うのは、3カ月ぶりだった。その間もファミリー製薬と銘光社の業務上のやりとりは当然あったが、社長である大月が実務にタッチする場面はほとんどなかった。
「どうだい景気は?」
代々木は、冷えたマッコリを大月のグラスに注いだ。この数年、2人が会うのは、新大久保の路地裏にある韓国料理屋と決まっていた。唐辛子の効いたつまみを何皿か食べて、参鶏湯(サムゲタン)と呼ばれる鶏肉の煮込みスープを食べ、最後は冷麺でしめる。それがお決まりのコースだった。
「厳しいよ。近々、バイトの子にも辞めてもらわなきゃいけなそうだ。まあ、厳しいのはどこも一緒だけどな」
代々木は、対話のハードルを自ら上げてしまったことを感じ、やや後悔した。今日の話、そして、今後の展開いかんでは、その「厳しさ」に拍車がかかる可能性があった。彼は、遠回しに話を切り出した。
「CMSって知ってるか?」
「ああ、最近流行りのあれな」
「あれをうちでも入れようという動きが出ているんだが、使ったことはあるか?」
「いや、とくに必要ないからな。要は、フォーマットをあらかじめかっちり決めて、そこに情報を流し込むってやつだろう。クリエイティビティはなくなるし、運用のルールはガチガチになるし、金をかけて導入したところで、本当に使いこなせるかどうかもわからん代物だよ。下手に手を出すと怪我するぞ」
「なるほどな。しかし、そうも言っていられないんだよ。会社を挙げた本格的なリニューアルの動きが進んでいてな、CMS導入を前提としたリニューアル作業の見積もりを出してほしいんだ」
話がそこまで進んだところで、大月は口に運びかけていたグラスをテーブルに戻して、にわかに真顔になった。代々木の言葉の裏にあるメッセージに気づいたのである。「会社を挙げた本格的なウェブサイトリニューアル」である以上、見積もりは複数社から取るに違いない。しかも、CMS導入が前提なのだとしたら、そのノウハウをもたない銘光社は結果的に外される可能性が高いということである。
2人の間に長い沈黙の時間が流れた。
「……つぶれるぞ、うちの会社」
絞り出すようにして言葉を吐いた大月に、代々木は言った。
「そうならんように、できる限りの手助けはするつもりだ。だがな、一セクションの責任者としては、もはやお前の会社だけを優遇するわけにはいかんのだよ」
大月は、顔を上げた代々木をまじまじと見つめた。しかし、その目に長年の友を非難する色はなかった。これまでファミリー製薬と取り引きをしてきた大月にとって、代々木が置かれている立場がどういうものであるかは、わかりすぎるほどわかっていた。大月は、ぬるくなったマッコリを黙って代々木のグラスに注いだ。
「すまんな」
代々木はそう言って、目を伏せた。
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