コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の462
本当のコダワリとは
先日、とあるチェーン店のしゃぶしゃぶ屋にて「熟成肉」を注文。口にしてから、その仕掛けに気がつき、「こだわり」に釣られたと文字通り噛みしめます(理由は記事の最後に)。
こだわりとは、お客がクチコミをするときのマニュアルです。だからこそ、前回は「語る言葉」を用意すべきだと紹介しました。ところが、現場にいるとこんな反論も耳にします。
こだわりは店の秘密。公開する訳にいかない
もちろん、それが「門外不出」なら秘密のままで結構。機密レベルのこだわりを公開することはありませんし、ホームページを通じて企業広報を手伝う私にでさえ、「秘密」だと教えてくれないケースも多々あります。
そんなときは、「時間」を軸としてこだわりを演出します。
時間という補助線
前回紹介した居酒屋は、近所のスーパーマーケットの仕入れにこだわっていました。
仕入れチャネルとしてのスーパーマーケットが侮れないのは事実ですが、それだけで客にこだわりとして演出するには弱いもの。
そこで、「わかりやすさ」を工夫します。前回の「肉」で触れたように、こだわりを伝えるときに優先すべきはわかりやすさです。そして、わかりやすさの補助線が時間です。
居酒屋店主のスーパーめぐりは毎日1時間。この時間を使い、次のように仕上げます。
街にでると、季節の変化はもちろん、栄枯盛衰そのままに街の風景は更新され、店頭に並ぶ新商品は、いわば「トレンド」。そのため毎日、買い出しに1時間を費やしているのだ
だれでもわかる価値
少々気取った言葉を並べていますが、具体的に「1時間」という数字を入れるところがミソ。仕入れる素材のこだわりについてはわからなくても、1時間ならだれでもわかりますし、だれでも語れます。
コンテンツとして用意するこだわりは、お客が語れるものでなければなりません。大切なことなので繰り返しになりますが、こだわりとは、お客がクチコミするときのマニュアルだからです。
時間を入れ込む狙いは、「手間暇をかけている」と錯覚させるところにあります。一般論ながら、居酒屋の客層は男性(会社員)が多く、大半は日用品の買い出しに疎いものです。
マイカーのハンドルを握り、家族総出で買い出しにでかけても、運転席に残りスマホをいじるパパにとって、毎日1時間もの買い物は、想像を絶する苦行に映ることでしょう。
実践におけるポイントは
一方、主婦からみれば1時間の買い物は、さして珍しいものでもありません。スーパーマーケット、ドラッグストア、パン屋とはしごでもすれば、あっというまに経過し、ありがたみがありません。
この居酒屋が、仮に主婦をターゲットとするならば、同じ時間でも「仕込み時間」にするといいでしょう。これまた一般論ながら、飲食店の開店前の仕込み(準備)は3時間ぐらいかけるもの。一方、都市部の主婦の1日の炊事時間は、朝昼晩を合わせて1時間半前後と言われており(少々データは古いですが)、その「倍」の3時間は主婦にとって、こだわりだと錯覚しやすい数字だからです。
そしてここが実践における最大のポイント。ターゲットの客層が「わかりやすい時間」を用意します。
- 3年の歳月をかけて開発したカレーパン
- 10年修行した板長が手がけるお造り
- 昭和29年創業の味
いずれも発想は同じく「わかりやすい時間」です。わかりやすいと、語りやすいはほぼ同義です。
こだわりの舞台裏
本稿は「Web担当者」向け。ここから「わかりやすい時間」が「こだわり」に転じる種明かしです。
ラーメン屋でよく耳にする「○時間煮込んだスープ」も同じです。そんなに手間をかけているのかと錯覚し、こだわりだと誤解するお客は少なくありません。
しかし「煮込む」とは極論すれば鍋に材料を入れて火にかけているだけ。ときどき攪拌(かくはん)し、灰汁(あく)を掬(すく)うぐらいで、漫画を読みながらでもできる作業です。
なにより「煮込んだ時間」と、うまさは必ずしも比例しません。煮込みすぎで、素材の風味を殺すこともあります。さらにいえば、お客のだれ1人として、煮込んだ時間を確認してはいません。
それでもお客は、かけた時間という「情報」をありがたく感じます。時間だけは、すべての人に平等に与えられるものだからなのかもしれません。
いずれにせよ答えは、本稿のなかで何度も示しているように「錯覚」です。なお、「手間暇をかけて」という説明は、人により想像する「手間暇」が異なるので、期待通りの「錯覚」を得られないことがあります。アバウトでも、具体的な時間を示す方がいいでしょう。
熟成肉の真実
さらに身も蓋もない話ですが、こだわりが品質を高めるわけではありません。中には首をかしげるこだわりだってあります。
某有名寿司店の板長は、外出時には必ず手袋をして、寿司を握る手の保護に努めるといいます。これを知り合いの有名シェフは、オフレコと断りながらも「パフォーマンス」と一刀両断。
しかし、お客はそうした情報を楽しんでいるのです。そして手袋のように珍奇な、もとい強烈なエピソードがなくても、時間を使えばこだわりは作りやすいということです。
冒頭に触れた「熟成肉」は、時間によるこだわり演出の応用編。熟成肉とわざわざ打ち出されると、なんとなく、長い時間をかけているかのように錯覚してしまいます。しかし、熟成肉に明確な定義はなく、店によって環境はバラバラ、冷蔵庫で2~3日寝かせただけでも強弁できます。実際、メニューの隅から隅まで探しましたが「熟成」の説明は一切ありませんでした。
そもそも、うま味が増すと言われる「乾燥熟成肉(ドライエイジングビーフ)」は、肉自身の酵素によりうま味が増す上に、肉に含まれる水分が自然蒸発することで、うま味が凝縮されることを期待する保存方法です。それを、うま味の効いたしゃぶしゃぶの「湯(出汁)」に入れたならば、もはや熟成である必要はないと口にして気がつきます。
「うまい!」と膝を叩いたのは、肉にではなく、その「手口」にです。
今回のポイント
こだわるのは「わかりやすい時間」
錯覚させるツールが「時間」
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