老舗企業オタフクソースのAI活用、“味のデジタル化”でベテラン社員のノウハウ継承課題を解決へ
1922年に「佐々木商店」として創業、100年を超えて食卓を彩っている「オタフクソース」。ソースやタレのレシピを数万と開発してきた同社は、「ベテラン社員が持つ開発の知識を若手社員に継承できていない」「膨大なレシピデータを有効活用できていない」などの課題を抱えていた。
そこで、AIを活用した「レシピ検索システム」を導入。味覚を表すキーワードや、含有成分の測定値などのデータをAIに学習させることで、目標の味に近いレシピを過去のデータから抽出できるようになった。これにより、30〜60分程度かかっていた作業が約5分に短縮されたという。
AIを活用し、どのような成果を上げているのか。また業界でも先進的な事例となる“味のデジタル化”の仕組みとは? 気になる疑問をオタフクソース社に聞いた。
15,000件のデータから、「目標の味」に近いレシピを検出
オタフクソースでは、2018年頃からDXの推奨が始まった。その最初の入口として2019年から取り組んだのが、「味のデジタル化」だった。
食品業界では以前から、味覚センサーを使った甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の「五味」による味のデジタル化が進んでいた。ただ、「塩による辛味」と「胡椒による辛味」の違いなど繊細な味の違いの数値化は難しく、味覚センサーによる簡易的なデータでは解消できなかった。
『味』には、根拠を持って伝えられる絶対的な指標がなく、その必要性を感じていました。
また弊社では、味の開発方法は個人に委ねている状態でした。豊富な経験と知識を持つベテラン社員は素早く目標の味に到達できる一方で、若手はその何倍もの時間を要しています。熟練のスキルをすぐに継承するのは難しく、テクノロジーで属人化を解消したいと考えました。
さらに、これまで開発してきたレシピは貴重なビッグデータですが、これを有効活用する術を確立できていませんでした(吉田氏)
オタフクソースでは、年間1,500〜2,000件の試作品を作る。その際、目標とする味に近い過去のレシピを探すことから始める。一から味を作り上げるより、基準となるレシピをもとに試作するほうが効率的であるためだ。とはいえ、過去のレシピは10年分で約15,000件もあり、探し出すのが手間になっていた。
これらの課題を払拭するには、味の詳細なデジタル化が不可欠だったわけだ。そこで重工業を主体とするIHI社と、AIを活用した「レシピ検索システム」を共同開発した。開発課の共通パソコンに同システムをインストールして、2023年5月から使用している。
「レシピ検索システム」を活用したレシピ開発の工程は、次の通りだ:
- まずは、サンプルとなる味の「理化学分析値※1」「官能評価」「分光スペクトル※2」の3つの指標を分析する。この指標により、味をデジタル化する。
- 分析した数値を「レシピ検索システム」に入力し、検索する。
- 検出された上位10品のレシピを基準にして試作をくり返しながら、目標の味に近づけていく。
同システムの活用により、大幅な時間短縮に成功。30〜60分程度かかっていた基準のレシピを探す作業が約5分に短縮された。
知識や経験が豊富な熟練者であれば、レシピ検索システムを使わずとも最短ルート・時間で目標の味にたどり着けるが、若手社員にそれを求めるのは難しい。彼らにとっては同システムが果たす役割は大きく、すでに日常業務に浸透しているそうだ。
現状はまだ見当違いのレシピが検出されることもありますが、アルゴリズムをアップデートして精度を向上させる予定です。
現在システムで検出されるのはレシピのみですが、いずれは原材料やコストなどのデータとも組み合わせ、一度の検索でより広範囲の情報が紐づくよう発展させたいと考えています(吉田氏)
味を構成する要素には「味覚」「成分」「香り」などさまざまあるが、現時点で精度が高い分析値を取得できる手段が「理化学分析」と「分光分析」だったという。味覚や香りもテストはしたが、結果にバラつきが出てしまった。特に湿度が異なる環境で測定するとデータの精度が下がるため、今回は採用を見送った。
パッケージデザインにもAIを活用、好調な売れ行き
オタフクソースでは、パッケージデザインにもAIを活用した実績がある。2022年9月に発売した新商品「焼そばソース大人の辛口」、及びリニューアル品の「お好みソース大人の辛口」は、パッケージデザイン開発などを手がけるプラグ社が提供する「パッケージデザインAI」を活用して、パッケージデザインを決定した。
本商品では、予測AIを活用。既存デザインと新デザイン5案を比較し、消費者がデザインをどのように評価するかを予測した。
訴求したいのは「辛口であること」であり、店頭で瞬時にそれを伝えたい。そこで、「特徴がわかりやすい」「目立つ・印象に残る」のイメージワードのスコアを重視することに。結果、AIが高く評価した2案に絞り込み、最終デザインは消費者の人気投票によって決定された。
創業100年を超える老舗企業が、こんなにも積極的にAIを取り入れているのは意外だったが、「昔から変化に寛容な文化がある」と吉田氏。
弊社はパソコンが導入された時期も早かったですし、最先端のテクノロジーへの抵抗感は見られません。経営陣は『もっと、こんなことできないの?』と無理難題を提案してくるほどです(笑)(吉田氏)
熟練者のスキルをどう継承していくのか、ベストな回答はまだ出ていないという。しかし、日進月歩でテクノロジーが進化している今、それを積極的に取り入れる姿勢があれば、そう遠くない未来にベストな解決策を見つけられるのではないか。「味のデジタル化」への挑戦は、まだ始まったばかり。
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