デザイナーに学ぶ! マーケターが押さえておきたい「デザイナー思考」
自社の商品やサービスを世の中に広めるため、マーケターはさまざまなコンテンツの制作に携わる。デザインされたWebページやポスターを確認する作業も多いだろう。しかし、明確な発注や変更の依頼ができず、もやもやした経験はないだろうか。
「Web担当者Forum ミーティング 2024 秋」では、元任天堂のデザイナーで、現在はNASU代表取締役社長である前田氏が登壇。ビジネスで価値を生むデザインの考え方や、良いデザインを見極めるコツについて、具体例とともに解説した。
「デザイン思考」ではなく「デザイナー思考」
僕は「デザイン思考」という言葉が好きではありません。「デザイナー思考」「Designerly Thinking」ならしっくりきます(前田氏)
という一言から講演はスタートした。「デザイン思考」とは、デザイナーの思考プロセスを参考に、ビジネス上の課題を見つけ、最適な解決策を考える手法として、2000年代以降に普及した考え方だ。「デザイン」は「思考」と「造形」でできているのだから、「デザイン思考」というと重複してしまうと前田氏は話す。
デザイナー思考は「あたりまえの思考」だ。先入観や固定観念を捨て、物事を当たり前に捉えること。「デザイナーにおいても、特別なセンスではなく、普通の感覚が大事だ」と前田氏は語る。
また、「デザインには美的センスが必要だ」と思っている人も多いだろう。もちろん、デザイナーがいいデザインをするために美的センスを養う必要はある。しかし前田氏によれば、ビジネスにおいてデザインをする場面では、美的センスにとらわれる必要はないという。
前田氏は任天堂で約15年間、広告販促のグラフィックデザインに携わった。ゲームという「やってみないとわからない、中身を知らないと魅力が伝わらない」コンテンツに対し、いかに興味を持ってもらうかを考え、絵と言葉で伝えてきた。
グラフィックデザインとは、「視覚的に伝える仕事」だ。企業そのものや商品に興味を持ってもらうには、人の頭の中にその企業や商品のイメージを正確に浮かべてもらわなければならない。多くの人が同じイメージを抱く必要がある。
グラフィックデザイン、ビジュアルコミュニケーションというのは、人の頭に映像を流すことです(前田氏)
デザインがきちんと伝わっていないと、企業名や商品名を聞いたとき、人はそれぞれに異なるイメージを抱く(左図)。しかし、ブランドイメージが確立されてビジュアルコミュニケーションが成立していると、人が抱くイメージは共通する(右図)。
たとえばスターバックス、ユニクロ、無印良品と聞くと、皆大体同じものを思い浮かべるだろう。企業のロゴ、店の雰囲気、代表的な商品など、多くの人が抱く概念やイメージ(シニフィエ)が集約されている。このように、頭の中に共通の映像を浮かばせることが、「デザインを伝える」ことだと前田氏は語る。
センスのいいものを見て「直感」を磨く
では、デザインのセンスはどうやって磨かれるのだろうか。前田氏は、「今は至るところにセンスのいいものが溢れている。それを見ている皆さんはすでにセンスがいいんです」と答える。
たとえばApple社のMacやiPhoneは、最高級デザインの象徴といえる。ショッピングモールの商品や看板、ネットで目にするWeb広告、動画、バナーもセンスがいいものばかりだ。いいものを見て、所有して、体験することが、センスを磨くことにつながる。
そうして養った感覚から得られる「直感」が、いいデザインを見極めると前田氏は話す。直感でよいと感じたものの何がいいかを掘り下げると、実は論理的に説明できることが多い。デザイナーは「なぜこれがいいと感じるのか」を徹底的に深ぼるという。
「情報バズーカ」で伝えたいイメージを頭の中に残す
そして、初対面で強く印象に残る人がいるように、デザインも一目見ただけで強く印象に残るものがある。デザイナーはほんの数秒で頭の中にイメージが流れるようなビジュアルを作らなければならない。「グラフィックデザインは、文字情報だけでなく、雰囲気も一緒に凝縮して放つ“情報バズーカ”です」と前田氏は語る。
たとえば、前田氏のこれまでの仕事に格闘技のビジュアルデザインがある。新感覚の格闘エンターテインメント「Breaking Down(ブレイキングダウン)」の大会立ち上げ時から、メインビジュアルの制作に携わってきた。
上図のデザインで文字情報は「1分間最強の男を決める。BREAKING DOWN」のみ。常識を覆す新しい格闘技のイメージを打ち出すために、モノクロにしたり、取り外した時計を持つ姿を見せたりと、既存の概念を突き破るデザインを施した。格闘技のポスターによく見られる3Dのロゴや、対戦者が向かい合うような構図はあえて避けたという。
「エモーション」と「インフォメーション」のバランスを意識する
次に前田氏は、「文字情報と図形情報」のバランスについて解説した。下図は「デザインに必要な言語化術」というセミナーの告知用に作成した画像である。
これでも十分に伝わるデザインだが、大量の情報が流れるSNSのタイムライン上で、できるだけ人の目に留まるようなデザインにしたい。興味を持ってもらうきっかけ、フックとなる告知画像を作りたい。そこで、セミナーの核となる「言語化術」という言葉の意味に注目した。
「言語化術」とは、頭の中にある考えを整理してアウトプットする方法だ。まだ言葉になっていない、情報がごちゃごちゃしている状態をデザインに落とし込んだのが、次の画像である。
「言」と「化」の文字から線が延びて、紐が絡まったような装飾が周囲に施されている。最初のデザインと比較すると、文字情報を瞬時に取得しづらい。しかし、デザインとしてのインパクトは強く、「なんだこれは?」と、見る人を立ち止まらせるような効果が出る。
デザインされたものを見るとき、企業の担当者は「わかりやすさ」や「視認性」という観点からコメントをすることが多い。つまり、情報は足りているか、ターゲットにきちんと伝わるかといった「インフォメーション」を重視している。
一方で、デザイナーは「エモーション」を意識するという。デザインから放たれる雰囲気や感情が、デザインの対象者(デザイニー※)にどう伝わるかを重視している。視認性を落としても、「伝わる」デザインが実現できるのであれば、より目を惹くデザインを選択する場合もある。
上図のように、インフォメーションとエモーションの目盛りを意識してみると、デザイナーとのやり取りもしやすくなるだろう。前田氏は、グラフィックデザインには文字情報と図形情報のバランス、チューニングが大切だと語った。
「なんだかダサい」と思ったら、そのデザインはインフォメーションに偏りすぎている可能性があります(前田氏)
日頃からデザインに向き合い、引き出しを増やす
デザイナーは日頃から、文字や線、図の配置をミリ単位で調整している。IllustratorやPhotoshopなどのソフトを使い、文字と文字の間のスペースを広げたり縮めたり、大きさを変えたりする。前田氏は、講演中に会場で名刺のデザインを実演しながら、アナログな作業を説明した。
論理的に考えすぎて、ダサいものになっていないか? は常に意識しています(前田氏)
「センスのいいものを作ろうというより、ダサいものを作るのが嫌だ」と語る前田氏は、自社のオフィスもデザインしている。「NASUパーク」と呼ばれるオフィスには、社員のデザイン力を引き出すための工夫が詰まっている。
オフィスにはデザインを見てもらうギャラリー、眠気を吹き飛ばす足つぼゾーン、卓球台やジャングルジム、天空ネットまで設置されている。
遊びながら、寝そべりながら、さまざまな視点でデザインを見ることで、よいデザインが生まれる。そんな場所を目指しています(前田氏)
さらに前田氏は、デザインに関するカードゲームも制作した。デザインでよく使われるテクニック100個に、「ホーガンドロップ」「グレーワールド」など必殺技のような名前がつけられている。カードで遊びながらデザインの法則性を学び、引き出しを増やして欲しいという意図が込められている。
実際、自社でカードゲームを使用したところ、デザイナーのスキルがかなり伸びたという。販売したカードゲームは完売し、2025年には第2弾の制作も検討されている。
「デザインのものさし」でデザインの判断軸を持つ
デザインをするときの基準や判断軸となるコンセプトを、前田氏は「デザインのものさし」と呼んでいる。ただデザインを提案するだけでなく、ものさしをきっちり定義することで、関わるメンバーが共通認識を持ちやすく、デザインのコンセプトが伝わりやすくなる。
コンセプトがブレていては、デザインは何も伝わりません(前田氏)
たとえば、浄水器メーカーのメイスイでパッケージデザインのリニューアルを担当した際、パッケージデザインとともに前田氏が提案したデザインのものさしは「・おいしい・あたらしい・ずっと」。創業50年の老舗企業が過去を受け継いで、さらなる挑戦をしていく。水のおいしさや鮮度も表しているフレーズだ。
実際に、クリエイティブコンセプトに基づいてパッケージデザインを進める段階で、青の色味を選ぶ場面があった。NASUのデザイナーとクライアントの担当者は、何種類かの青色を見比べながら、「よりおいしそうな青はこっちの色ですよね? この青色にしましょうか!」と相談してデザインを決めていったという。“デザインのものさし”を使うことで、納得感を持って「おいしそうな青」を選ぶことができたのだ。
デザインを納品するだけでなく、言葉と一緒に運用していくことが大事です(前田氏)
また、任天堂の家庭用ゲーム機「Wii」は、「お母さんに嫌われないゲーム機」というコンセプトで、リビングにおいても邪魔にならない白い筐体が採用された。ゲームの「コントローラー」を「リモコン」と呼び、机に置きっぱなしでも誰にも怒られない工夫が施された。
スナックメーカーの湖池屋は、リブランディングにあたり原点に立ち戻り、「ポテトチップスの老舗」というコンセプトでロゴや商品パッケージを刷新した。判断基準となる言葉を定めたことで、ブランディングに関わるあらゆるデザインに統一感が出る。
抑することは、良くすること。ある制限をおいてデザインを運用していくことが大事です。言葉があると、“決め手”を決められます。デザインにおいて一番重要なのは、作ることよりも決めることです(前田氏)
最新刊『愛されるデザイン』の中で前田氏は、「3年前に『勝てるデザイン』を執筆したときよりも、コンセプトを重視する仕事が増えた」と記している。昨今はさらに、コンセプトだけでは伝わらないと考えるようになり、運用してもらえるようなものさしを導入しているという。
アイデアを生むため、プロジェクトに“夢”をちょっと加える
マーケティングやWeb広告会社の顧問も務める前田氏は、「なぜそのデザインになるのか?」「どうやって考えつくのか?」と相談を受けることがある。本人によれば「あたりまえ」に考えたアウトプットだという。しかし、マーケティングの側面が強すぎると、「平凡な優等生」のアイデアになってしまうことも多い。
その解決方法について、具体的な事例を挙げて説明した。以下は、前田氏がデザインしたパナソニックの新規事業、CHEERPHONE(チアホン)というサービスのロゴデザインである。
チアホンは当初、「スポーツ選手に自宅から声援を送ることができるサービス」として始まった。しかし、コロナ禍を経てサービス業態が「音声配信サービス」へと変化した。このタイミングでロゴのデザインを依頼された前田氏は、まずプロジェクトの再定義から始めたという。
そしてチアホンの認知度、新規事業の継続性、サービス内容の変化をすべて踏まえて考えた結果、ロゴデザインのプロジェクトを「チアホンの“認知爆発”プロジェクト」と定義した。
クライアントにはロゴのデザインしか依頼されていません。余計なことをやっていると思われそうですが、せっかくなら魅力を最大限に伝えたいと思いました(前田氏)
チアホンでは「認知爆発」がプロジェクトの背骨となり、「カンタンそう! オモロそう! ヤってみたい!」をデザインのものさしとして定義。これにふさわしいロゴやビジュアルをデザインした。
VRゴーグルや任天堂のWiiのように、ゴーグルを装着している人やゲームで遊んでいる人が、ものすごく楽しそうに見えることがありますよね。同じように、チアホンのロゴを見た瞬間に「やってみたい!」と思わせる工夫が必要だと考えました(前田氏)
そうして提案されたビジュアルイメージが以下の図だ。ロゴを活用し、「目で驚き耳で楽しむ」というビジュアルになっている。
デザイナー思考でビジネスを「成す」ために
デザイナーに限らず人は、「目的に向かって選択肢を増やし、その中から最善を選ぶ」という行為を、日頃からやっている。たとえばコンビニで買い物をするとき、たくさんの商品の中から自分が欲しいもの、必要なものを取捨選択して選んでいる。
デザインもそれと同じで、何となく作るのではなく、目的に対してどれだけ選択肢を出せるか、その中から最善の答えを選ぶことができるかが重要だと前田氏は語る。
最後に、前田氏はいいデザインを生み出すコツとして、「デザイナーにデザインの感想を伝えてほしい」とまとめた。
デザイナーにとって、感想がないことが一番つらいです。デザイナーの多くは人の反応を待っています。これだけでも結構変わると思います(前田氏)
デザイン案を見せられると自分でもつい、「こうしたほうがもっと良くなる、こう変えたらどうか?」と頭に浮かんだアイデアを言いたくなる、と前田氏。しかし、まずはデザインを見て、直感的に何を受け取ったかを伝えてほしいと語る。
デザイン会社ではなく、一般企業に勤めるみなさんが、デザインでできることは意外とたくさんあります。本日はこれを伝えたくて登壇しました。社名(NASU)の由来でもある「成せば成る」の通り、デザイナー思考を身につけて、ビジネスの成功につなげていきましょう(前田氏)
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