「3Dセキュア」は、ワンタイムパスワードの入力などでクレジットカードの不正利用を防ぐ本人認証サービスで、すべてのECサイトは2025年3月末までに、「3Dセキュア2.0」の導入が義務付けられている。ここで押さえておきたいのが、導入すればそれが「ゴール」「セキュリティ対策は万全」という話ではないこと。導入後、コンバージョンの低下や顧客体験の悪化などに見舞われる可能性があるのだ。
「3Dセキュア2.0」の導入後に想定外の問題と直面した経験と課題を解決に導いたアプローチについて、スーツケースブランド「Samsonite(サムソナイト)」を展開するサムソナイト・ジャパンの友田由紀子氏(サムソナイト事業部 営業本部 ECオペレーション部 ECマネージャー)が、オンライン決済プラットフォーム「Stripe(ストライプ)」を提供するストライプジャパンの安部草平氏(ソリューションアーキテクト)と語った。
「3Dセキュア2.0」導入で起きた予想外の問題
サムソナイトは米国発祥で100年以上続くスーツケースのブランド。現在はユーザーとの結びつきを強化するといった顧客体験を向上するための取り組みをグローバルで進めている。
その流れで日本法人のサムソナイト・ジャパンは自社ECサイトに注力しており、CRMの強化なども含めてDtoCを強力に推進。2023年秋にはプラットフォームをSalesforceに移管すると同時に、オペレーションの内製化を進めていった。
決済体験を改善するのも顧客体験を向上するための取り組みの一環。サムソナイト・ジャパンでは同じ時期に決済代行業者を変更し、「3Dセキュア2.0」を導入した。導入を決めたのは2025年4月の義務化を見据えたわけではなく、顧客の購入体験を壊すことなく、不正注文から自社ブランドを守るために「3Dセキュア2.0」の導入は当然だと考えたからだ。
しかし、導入後に予想外の問題が発生する。導入して2、3か月後から、カスタマーサポートに「決済が通らない」というユーザーからの問い合わせが増え始めた。決済代行会社に調査を依頼すると「通っていない注文はすべてカードの不正利用なので安心してください」という回答だった。
いったんは安心したものの、お客さまからの問い合わせは増え続け、売り上げが減ってきた。不正利用ならお問い合わせはしないはず。でも何が問題なのかまったくわからなかった。(友田氏)
![サムソナイト・ジャパン サムソナイト事業部 営業本部 ECオペレーション部 ECマネージャー 友田由紀子氏](https://netshop.impress.co.jp/sites/default/files/images/article/2024/ad/c1-5-2.jpg)
サムソナイト・ジャパン サムソナイト事業部 営業本部 ECオペレーション部 ECマネージャー 友田由紀子氏
「3Dセキュア2.0」を導入すると、一般的にコンバージョン率などが下がるという話は聞いていた。しかし、予想を上回って事態は悪化。2024年1月から3月にかけて売り上げが明確に下降。カスタマーサポート部門からも「決済が通らないお客さまが多く、電話やメールでの問い合わせが増えている。決済の問題を解決してほしい」という声があがった。
「3Dセキュア2.0」はクレジットカードの不正利用対策のゴールではない
そんななか、友田氏は2024年5月に行われた「ネットショップ担当者フォーラム」のイベントでストライプジャパンの安部草平氏が登壇した講演を聞き、決済プラットフォーム「Stripe」の存在を知る。
多くのEC事業者が「クレジットカードの不正利用対策=3Dセキュア2.0」という定義をしていて、2025年の制度化に対しても「3Dセキュア2.0」を導入しさえすれば不正対策が万全だと思っている。またすでに「3Dセキュア2.0」を入れているから問題は何もないという事業者もいる。ただ、ここには大きな落とし穴がある。(安部氏)
![ストライプジャパン ソリューションアーキテクト 安部草平氏](https://netshop.impress.co.jp/sites/default/files/images/article/2024/ad/c1-5-3.jpg)
ストライプジャパン ソリューションアーキテクト 安部草平氏
「3Dセキュア2.0」導入はスタートでしかなく、それだけですべてが解決するわけではない。コンバージョンの低下や、顧客体験を損ねるといった課題が発生し、それを解決するための施策は避けて通れないのだ。
課題の1つがチャージバックだ。クレジットカードが不正に利用され、気付いたクレジットカード保有者が申し立てて不正利用分が返金される仕組みで、サムソナイトで決済の失敗が多発していた背景には、このチャージバックの発生が影響していたと考えられる。
「3Dセキュア2.0」で認証した決済については、カード発行会社がチャージバックの補償を行う。そのため「3Dセキュア2.0」で通った決済でチャージバックが発生すると、その加盟店自体のオーソリの承認をしなくなるということが、実は複数のカード発行会社で起こっているのだ。サムソナイトさんは、このケースに該当したと推測される。(安部)
顧客体験を向上させるために導入した「3Dセキュア2.0」により、問題のない顧客のカード決済も承認されない――。つまり、顧客に大きなフラストレーションを与えることになり、顧客体験が著しく損なわれた状況になっていたのだ。
ダッシュボードで顧客の決済を見える化
この問題を解決するため、ほどなくしてサムソナイト・ジャパンは「Stripe」を導入したが、決め手は何だったのか。
以前の決済代行業者の時は、いまどのような事象、問題が起きているのか一切わからなかった。そのため、対策の手立てがない。しかし、「Stripe」はダッシュボードでペイメントの状況が“見える化”される。状況がわかれば手が打てる。(友田氏)
「Stripe」のダッシュボードでは、決済金額、成功か否かの承認状況、日付などの支払いの詳細などを可視化できる。何か問題があった場合は現場スタッフが確認できるため、解決策のアクションをすぐに考えられることは「Stripe」導入の大きな理由だった。さらに「Stripe」には、売り上げにつながる「Adaptive Acceptance」というオーソリの成功率を上げるための仕組みがあった。
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「Stripe」の「Adaptive Acceptance」
「Adaptive Acceptance」は機械学習モデルを使用し、カード発行会社に拒否された支払いをリアルタイムで再試行したり、最適化された再試行メッセージと経路選定の組み合わせを特定したりする取引承認率改善の機械学習ツール。「Adaptive Acceptance」による平均的なオーソリ成功率の向上率は0.5%〜1.5%にものぼる。確認に時間を要さず状況を知ることができ、さらに自動でオーソリ成功率の向上に役立つ機能も備えることができた。
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「Adaptive Acceptance」によって、オーソリNGだった決済の15%が再試行で成功した
実際に「Stripe」の運用を始めたサムソナイトでは如実に成果が出ており、オーソリ成功率が82%から15ポイント上昇し、97%となったのだ。
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「Stripe」導入後の効果
オーソリ成功率が15ポイントも上がったのは本当にすごい結果。カスタマーサポートへの問い合わせも格段に減り、何度もトライしている顧客もわかるようになった。決済失敗の可視化も進み、どのように対応するかカスタマーサポートとの連携も大きく進んだ。「Stripe」でないと通せない注文があり、それが通せるようになったことで売り上げが伸びていった。(友田氏)
運用コストを高めることなく「3Dセキュア2.0」導入で発生した課題を解決
「Stripe」では決済のトランザクションにおいてAIやビッグデータを活用していることが大きな特長だが、なかでも「Rader(レーダー)」という不正検知システムがあり、リスクスコア、信用度、商品、金額、住所などの情報から、その注文を通すか通さないかを判断することができる。
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「Stripe」のダッシュボードの一例
「Radar」を活用するにあたっては、最初にデータを設定しなければならないが、知見がないのでどうしたら良いのかわからなかった。しかし、「Stripe」のサポートチームが「こういう商材だったらこんな設定が良い」というアドバイスをしてくれたので安心して進められた。(友田氏)
「Rader」は初期設定こそ負荷がかかるが、その後は特に手を加えることはないため、運用の負荷が大きくかからない。それだけでなく、それまでは日本国内で発行されたクレジットカードだけを利用可にしていたが、ダッシュボードでリアルタイムに状況を確認できるため、デビットカードや海外で発行されたクレジットカードも利用可にした。これによる機会損失の減少も効果の1つだ。
「Stripe」はこのほかにも潜在的な課題にも対応した。それがカスタマーサポートとの業務フローの改善だ。以前は顧客からの問い合わせがあって初めて状況を確認していたが、現在は状況がリアルタイムに可視化されているので、注意が必要だと思った注文には、ダッシュボードのタイムラインで、カスタマーサポートのメンバーにメッセージを送ることができる。こうした業務フローの改善を、友田氏は「予期していなかったすばらしい効果」と評価する。
「Stripe」のサポートチームがカスタマーサポートにもダッシュボードの見方や操作についてトレーニングしてくれた。そのおかげでカスタマーサポートのメンバーの決済に関するリテラシーが上がっていった。(友田氏)
決済で売り上げも業務も変わる
サムソナイト・ジャパンの事例は、「3Dセキュア2.0」の導入や決済システムの変更にとどまらず、組織全体の能力向上と顧客満足度向上を同時に達成できた好事例と言える。
海外ではヘッドオブペイメントと言って、決済専門のスタッフが大勢いて、CSというよりは製品チームの一部門として働いている。それはやはり決済をスムーズにすることは収益に大きな影響があるという考え方。欧米では一般的になってきている。(安部氏)
EC事業者はモノを売るのが本来の業務だ。サムソナイト・ジャパンのように日々の業務に影響を与えないようにしながらも、カスタマーサポート部門との連携を通じて顧客体験を改善できたというのは理想的な展開といっていいだろう。
現在のところ「3Dセキュア2.0」は導入することがゴールになってしまっているケースが少なくないが、それだけで終わりではない。コンバージョン率の低下や顧客体験を損ねる事態も発生する可能性がある。それをクリアする手段の1つとして、EC事業者は「Stripe」のような高度な不正対策ソリューションの導入を検討するなど、さまざまな施策を講じていくことが必要になる。
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「Stripe」では機械学習をベースにしてリスクを数値化し、導入企業が独自に作成できるルールと組み合わせることで不正を検知する
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オリジナル記事:「3Dセキュア2.0」コンバージョンと顧客体験が低下!? 「3Dセキュア2.0」導入後に出現した課題に、サムソナイトが選択した「Stripe」とは
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