広告費ほぼゼロでもオーディオブックが月間6万部売れる! オトバンクのマーケティングは何がスゴい?
ほとんど広告費はかけずに月間アクセス数が200万~300万、月間のオーディオブックの販売数(ダウンロード数)が5万~6万部もあるという、耳で聴く本の「audiobook.jp(オーディオブックドットジェイピー)」。しかもアクセスの大半がオーガニック検索だという。
書籍のオーディオ化やサイト、アプリの開発も自前で行うオトバンクの久保田裕也社長に、データで改善を進めるSEOや集客、ユーザー理解について話を聞いてきました(聞き手は森野 誠之 氏、写真は編集部)。
※取材時のサービス名は「FeBe」だったが、2018/3/19に「FeBe」は「audiobook.jp」として生まれ変わった。記事内では「audiobook.jp」と表記している。
広告費ほぼゼロでもオーディオブックの月間ダウンロード数6万件!
森野 誠之 氏(以下、森野): 「耳で聴く本」のオーディオブックを販売されているaudiobook.jpさんですが、広告費をほとんど掛けていないそうですね。まず、サイトへのアクセス数やダウンロード数を教えてください。
久保田 裕也 氏(以下、久保田): audiobook.jpの月間アクセス数は200万~300万ほどで、アクセスの大半がオーガニック検索からの流入です。ダウンロード数は、月間5万~6万部あります。リスティング広告やアフィリエイトもしていますが、全体の売上からすると、広告・宣伝費はほぼゼロと言っていいくらい少ないです。
森野: なぜそんなに検索に強いんですか?
久保田: 理由はさまざまありますが、「在庫点数とサービス改善スピードの速さ」が挙げられると思います。
オーディオブックの在庫点数は2万点(2017年12月現在)ほどあり、ここ3、4年は取り扱い点数が加速度的に増え、毎月500~600点ほどのペースで増えています。リアル店舗の書店と異なり、取り扱い点数の上限がありません。作ればその分在庫点数が増えます。
森野: ロングテールが狙えるわけですね。「改善スピードの速さ」とは?
久保田: 社内のコミュニケーションツールにSlack(スラック)を導入しているんですが、改善に必要なKPIのデータをSlack上で誰でも自由に見られるようにしています。たとえば、サイトやアプリのアクセス数や流入元、ダウンロード数、どんな買い物動線を辿ったのかなどですね。
そのデータを見たエンジニアが課題を見つけて、Slack上で改善案を提示して、レビューを重ねて、即改善するといった流れでPDCAが高速で回っています。
エンジニアは収益を上げる役割
森野: エンジニアがデータを見て、改善しているんですか?
久保田: うちでは、エンジニアは「収益を上げるところ(プロフィットセンター)」と捉えているので、本質的なサービスの改善は、エンジニアが担っています。一方、マーケティングは、既存の顧客に向けてどういうキャンペーンを打つのが響くのかといった「顧客とのコミュニケーション設計を考えるところ」と捉えています。
森野: 「データを分析する人がいて、その仮説を基に改善案が出て、その後エンジニアに依頼して実行する」という流れが一般的だと思いますが、それとは違うんですね。
久保田: 森野さんが言ったようなやり方だと、社内受託のようになってしまうんです。
たとえば、決められた仕様がおかしかったとしても、決定事項なのでエンジニアが意見できません。そうなると、エンジニアは決められたこと以外はやらないという状況になりがちです。本来、会社を成長させて行くということが大前提であるはずなのに、部署間で無駄な衝突が起きてしまいます。
ですから私たちの会社では、Slack上のやり取りは、個人情報を除くものすべてがオープンチャネルとなっています。改善のやり取りも、課題の抽出、改善案、承認すべてのフローがオープンでやり取りされ、進められていきます。ちなみに、役員会議の議事録もオープンです。
その議論の場に社員、アルバイト、インターンなど役職は関係ありません。僕が「これいいんじゃない?」と言っても、社員が「その視点は、今の論点とズレています」とか指摘されることもあります(笑)。
森野: 確かにそのやり方だと改善スピードが速いですね。しかし、部分最適が増えてしまって、全体最適がおろそかになるといったことにはなりませんか?
久保田:改善の手を止めるほうがリスクですし、この運用方法で問題が起こったことはありません。
他へ影響が及ぶような大きな改修は承認依頼が飛んできますが、それ以外は「改善して良くなるんだから積極的に進める」という考え方で判断は働く皆さんに任せています。
失敗は恐れずチャレンジした人を評価する制度
森野: 成長させる、改善させることに社員全員が取り組んでいるようですが、何か秘訣があるのですか?
久保田: 社内の評価制度に明示されているからでしょうか。たとえ失敗したとしても、それを咎めることはありません。むしろ、チャレンジした人、発言して実行した人が評価されるような仕組みになっているので、逆にチャレンジしない人、発言しない人は評価されづらいのです。
改善スピードは今でも速いと思いますが、個人的な意見としては、もっとその改善スピードを上げるにはどうしたらいいかと悩んでいます。
森野: それは問題点を発見するスピードですか? それとも改善の手を動かすスピードですか?
久保田: どちらもですね。リソースの問題でもあるのですが、課題が増えてくるとその課題をさらに深掘りする人が必要になっていきます。そうなると、「すぐリリースできそうなところばかりを改善して、深掘りが必要なものはちょっと置いておく」という状況が増えていってしまいます。
「すばやい改善」と「深掘りした改善」の両方をバランス良く進めていけるといいかなと思っています。
集客よりもまずはユーザー理解
森野: 広告にさほどお金を掛けていない理由は何かあるのですか?
久保田: 集客よりもユーザー理解が重要だからです。
- ユーザーが求めているモノはなにか?
- なぜ買わないのか?
- なぜ聞かないのか?
- なぜ続かないのか?
といったことを定量・定性データをからめてサービスの改善に取り組むことに重きを置いています。
audiobook.jp(旧:FeBe)は2007年にサービスをスタートしましたが、当初からオーディオ化は社内の制作チームが行っています。ユーザーインタビューなどを通してユーザー理解を深め、どうコンテンツを作ったらユーザーさんが聞きやすいのか、どんな「声」・「間」にすべきか、といったことを試行錯誤しながら、制作監督さんと声優さんが書籍に声を吹き込んでいます。サイトの作り方にしても、「快適に本を選んでもらう設計」をゼロから積み上げてきました。
森野: オーディオ化、サイト構築も自前とはすごいですね。
久保田: また、サービス開始当初は取り扱い点数が少なかったことも広告費が少ない理由の1つです。たとえば、総合スーパーを謳っておきながら、青果コーナーにレタスしかなかったら、お客様は怒って二度と来てくれなくなってしまいますよね。
取り扱い点数を増やしたいからといって、勝手に書籍をオーディオ化できるわけではありません。コンテンツ提供元である出版社さんの協力があってオーディオ化ができます。そのリレーションには時間をかけて、丁寧にオーディオブックの良さやメリットなどをお伝えして理解していただき、オーディオブックの取り扱い点数が増えてきた経緯があります。
取り扱い点数が増え、それによってサービス改善が進み、利用者の幅も増え、アクセスやダウンロードが増えていきました。
オーディオブック利用は「スキマ時間に耳で情報収集したい」人たち
森野: ところで「オーディオブック」は、どんなユーザーが、どのように利用しているのですか?
久保田: サービス開始当初は、ビジネス書や自己啓発書などに力を入れていたこともあって30~40代の男性が多かったです。最近は、男女差も半々ほど年齢層も幅広い方に利用してもらっています。
利用シーンは、通勤通学中や運転中、家事をしている時などのスキマ時間です。
森野: 私も音楽とラジオに飽きたときは、オーディオブックを聞きます。その場合、車の移動中が多いです。東京に比べると私が住んでいる名古屋は、ラジオ局も少ないので。
久保田: 最近は大都市圏の車通勤以外の人でも利用されていますが、開始当初は地方大都市からのダウンロードが多かったんです。
「好きな音楽を聞き続けるのも飽きる、でも、車を運転しているから本は読めない。その時間を情報収集や学びに使いたい」。そんなニーズとオーディオブックの相性が良く徐々にユーザーが増えていきました。
森野: どこの地域からの売上が良いとかありますか?
久保田: 総額の売上ベースだと大都市圏が多くなりますが、個人の売上単価別に見るとそれ以外が多いです。
ユーザーがどんなシーンで利用しているのかを調べるために、ごく限られた地域にaudiobook.jpを無料で利用できるようにしたことがあるんですが、車をメインに移動されるような地域のダウンロード率は良かったですね。
森野: 聞いている人のデバイスは?
久保田: 7割がスマホです。PCは2割弱、あとはタブレットです。60代以上の利用者も多いので、問い合わせもメールだけでなく、電話、FAX、手紙などさまざまあります。
ネットが使えることが前提のサービスではありますが、年齢を重ねると視覚が弱くなって、本を読むのが億劫になることもあります。ですから、ネットが使えない人にもオーディオブックを楽しんでもらいたいと思っています。
以前手紙で「オーディオブックを聞きたいが操作方法がわからない」という問い合わせがあり、それ以降CDでのお届けサービスをしています。
森野: そういう問い合わせへの対応ってとても大事ですよね。最後に今後の展望を教えてください。
久保田: サービスの成長には、ユーザー理解を深めることと、社内で働きやすい環境を作ることが大切だと思っています。スマートスピーカーの登場で音声コンテンツを楽しめるインフラが整ってきました。集客はこれからですね、多くの方にオーディオブックを楽しんでもらいたいと思います。
森野氏からの一言: 取材の最後に、オーディオブックならではの売れ筋を聞いたところ、タイトルは聞いたことがある名作『罪と罰』(ドストエフスキー著)や『若きウェルテルの悩み』(ゲーテ著)が人気だとか。また、分厚い本『P.F.ドラッカー経営論』(ドラッカー著)も根強いファンが多いそう。書籍との違いは興味深いものがあります。
実は昨年(2017年)Web担で、情報収集術の取材されたときに、「情報収集の一環で『聴く日経』を聞いています」と話したことがきっかけで、オトバンクさんへお話をうかがえることになりました。そういう縁が広がって行くのはいいことですね。
ソーシャルもやってます!