【レポート】Web担当者Forumミーティング 2019 Spring

3年経たずにWebサイトをフルリニューアル。機能過剰、コスト高から脱却するために必要なコトとは?

立ち上げから3年未満のコンテンツサイトをシステムごとフルリニューアルするまでの背景を赤裸々に語った、Web担春セミナーイベントレポート。

5年10年と同じWebサイトを使い続ける企業もある中、橋本氏が前職で携わった農業支援系Webサイトは、わずか2年でリニューアルを企画し、その後1年で設計・開発を行うという異例の経緯を辿った。

Web担当者Forum ミーティング 2019 春」に登壇したパーソルの橋本紀子氏は、立ち上げから3年未満でWebサイトをシステムごとフルリニューアルした理由とリニューアル完了までのステップを語った。

パーソルホールディングス株式会社の橋本紀子氏(グループデジタル変革推進本部 シニアデジタルストラテジスト)

※今回の登壇内容は、パーソルでの話ではなく、SIer所属当時の内容です。

出向先で担当したのは「いろいろ過剰な農業支援Webサイト」

今回の講演のメインテーマは、金融機関が運営する農業支援系Webサイト「AgriweB(以下、アグリウェブ)」のリニューアルに関しての舞台裏。橋本氏は当時、某SIerに在籍。そこから出向し、2016年4月から約3年に渡ってアグリウェブの企画・運用のすべてを担当していた。

アグリウェブは、農業経営者の課題解決を支援するメディアとして、2016年4月にローンチした。運営元は金融機関だったが、その開発を担っていたのは橋本氏が所属していたSIer。つまり、橋本氏は開発元から運営元への出向というかたちだった。

リニューアル前のアグリウェブサイトイメージ

ただ、時期からもわかるように、橋本氏はサイトの開設準備そのものには立ち会っていない。「ある日突然、役員からお呼びがかかり、『明日から運営元でWebやってこい』と言われたところからスタートする。サイトがどう設計されているか、まったく明かされないままの片道切符だった」と、橋本氏は当時は振り返る。

サイトの中身は、読み物、専門家による一問一答、辞典などだ。Webサイトがオープンした時点ですでに綿密なシステム構築がなされており、向こう3年に渡る将来的な発展を見越した機能が、すでに実装済み、あるいは実装に向けて開発実務がスタートしていた。

そのローンチ当初から、将来的な機能拡張に向けて開発作業が進み続けていた

しかし、その一方で、サイト運用上のKPIやKGIは明確に設定されないままの見切り発車状態でもあった。

サイトを実際に利用するであろう農業従事者から多少のヒアリングはしていたが、カスタマージャーニーマップも作っていないし、サイト運営方針もしっかり決まっていなかった。(農業に詳しくない)開発現場の人間が「こういうのあれば便利じゃない?」だけで機能が積み上げていき、とてつもないコストのかかったサイトになってしまっていた(橋本氏)

機能豊富なのに、機能不足でやれぬ事だらけ

十分なコストをかけて機能満載のサイトに仕上がっていたはずだが、現実は違った。橋本氏はローンチからの2年間、約50の施策を検討したが、そのうち実施できたのは3割とどまった。なぜ、7割もの施策が実施できなかったのか? それはシステム上の問題がほとんどであった。

「ちょっとした関連情報のバナーを貼りたくても、それなりのシステム改修金額がかかってしまう。バナーの話のはずが、それこそTOPページの改修から始めなければならない素晴らしいサイト」と、橋本氏は皮肉交じりに振り返った。

バナー1つ貼りたいだけでも、開発作業が必要

また、読み物、辞書などをそれぞれ単独で検索することはできたが、異なる種類のコンテンツの横断検索ができないことも問題だった。

これを受け、橋本氏は「やらなかったこと(やれなかったこと)」をリスト化し、Excelで管理する作業をルーチン化したほどだった。ただ、この際のデータが、後のサイトリニューアルに役立ったとも説明する。

実施したことのリストは、(その施策に対して)お金をかけているのだから、ある意味作って当たり前のこと(橋本氏)

システム管理についても同様。発生したバグやトラブルをリスト化し、運営元・開発元で共有しておくことが、失敗の繰り返しを抑止することにつながると橋本氏はアドバイスする。

「やらなかったこと(やれなかったこと)」のリストが、後のリニューアルに役立った

ローンチから2年、サイト存続の可否を決めることに

ローンチから約2年が経過しようという2017年12月、橋本氏は出向先から「EXITプランの作成」を命じられた。出向先では、すべての施策が中期経営計画に沿って、プランニングされていた。Webサイトについても例外ではなく、“3年目終了までにKPIが達成されることを大前提”に、継続・中止・企画変更のどれかを選択する手筈だった。

ローンチから3年目でサイトをどうするか判断

この段階で橋本氏は、3つの選択肢についてネガティブ要因を洗い出した。継続するなら運用コスト増、中止ならば今後の社内協力体制にマイナスが出る……といった具合だ。

コンサルティングの世界でよく使われる「Pros and Cons」(プロコンなどと略される)での検討も実施した。ある事象に対して、賛成(Pros)と反対(Cons)をそれぞれ列記するという手法である。

「Pros and Cons」のリストはこのようなものだった

こうした結果、アグリウェブにとって最大の問題は運用コストであると判断され、その解消のために、サイトのローンチから3年待たず、サイトリニューアルが実施されることとなった。

サイトのリニューアルを決断した

高コスト運用になっていた理由とは

このリニューアルは、実態的にはサイトの新規開発に近く、掲載済みのコンテンツと外部サイト連携機能以外は完全にゼロから制作し直す「フルリニューアル」とも言える作業となった。ただそれでも、完全オリジナルのシステムから汎用性重視の製品選択などを行うことにより、現行コストの6分の1でフルリニューアルが実現する見積もりが出た。

リニューアルでコストは6分の1に

なぜそこまで安くなるのか? 運用現場を知らない上司らなら「俺たちはシステム開発会社に騙されていたのか」と感じて当然だ。

ただ実際には、システムの開発規模の想定が高すぎたのが要因だった。現状のユーザー数の10倍以上が来訪してもシステム的には耐えられる設計になっていたという。これは、「草野球チームが東京ドームで試合をするようなもの」と社内では例えていた橋本氏は言う。

セキュリティレベルの設定も同様に高すぎた。「金融機関が運営しているサイトだから」という理由だけで、開発時に明確な打ち合わせのないまま、クレジットカード番号を保護するのと同じレベルのセキュリティを通常記事・写真に対して施していた。結果、日々の運用コストは莫大なものになっていった。

旧アグリウェブは、「やりたいこと」「必要そうなこと」をのべつまくなしに盛り込んだ結果、極めて高コストな体質となってしまった。サイトの「目的」「ルール」「運用」をあらかじめ明確にしておかないと、いくらでもコストは増加すると、橋本氏は警告する。

サイトの「目的」もリニューアルに合わせて再定義

リニューアルにあたっては、サイトの「目的」を再定義することも重要視した。従来は、農業従事者の利用だけを想定していたわけだが、内部活用力の強化、つまり営業担当者にも使ってもらえるような仕掛け作りを意識したという。

守秘義務の都合で具体的な施策こそ語られなかったが、アグリウェブを使いたい・使わざるを得ない・ないと困る、というシチュエーションを増やすことにより、「コストばかりかかるサイト」から「収益を上げるためのサイト」への転換を図ったというこのエピソードは、リニューアル検討中の企業にとっての良い教訓になりそうだ。

リニューアルの方針

こうしてリニューアルプランをより掘り下げていく中では、前述の「やらなかったこと(やれなかったこと)」リストが活きる。どの項目を優先すべきか、リニューアルコンセプトに合わせて順位を付けていく。

また、この段階で、リニューアル後に実施する施策についても想定し、必ず施策ごとにKPIを設ける。たとえば、メルマガ配信機能を付けるなら、必ずメルマガ流入率を測定するためのツールも準備するといった具合だ。逆に、そもそもKPIを取得できない機能・施策は、実装しないほうが良いとも橋本氏はアドバイスする。

「やらなかったこと」リストを元に、リニューアル案を決めていく
施策とKPIをリニューアル計画段階でもある程度決めていく

RFPの自前作成、コンペを経てリニューアル着手、そして完成へ

リニューアル担当業者の選定は、コンペとした。具体的なサイト仕様を確定させるRFP(提案依頼書)は、橋本氏と外部コンサルタント2名が共同で作成。はじめは、とにもかくにもコストを抑えようとの狙いからだった。同時に、自分たちがやりたいことを担当外の方がみても共通認識させるには必要不可欠なものとなりました。

RFPは、リニューアル後のサイト運用ガイドラインを元に決めていくが、コンペ業者からの評価基準をどこに置くかによって作成するかが変わってくるという。アグリウェブの場合、「デザイン」「追加の機能提案」を重視したため、それ以外のシステム要件については橋本氏らの側で事細かに規定した。

実際に策定したRFP

また、コンペの記録も詳細に残しておく。開発業者から受けた質問と、依頼側からの回答もやはりリスト化しておくべきという。

なぜここまでやるのか? 次にまた別の案件を頼みたい、さらに次のリニューアルを頼みたいと言うときに、何がどういった理由で断ったかを記録しておかないと、同じ作業・過ちを繰り返す可能性が高いからだ(橋本氏)

コンペについても記録を残すことが重要

コンペを経て、開発がスタートしたのは2018年10月。期限は残り半年となっていた。橋本氏は「WBS(Work Breakdown Structure)の管理は細かく行っておいて損はない。今回は会社の都合でWBSをExcelで作ったが、プロジェクト管理ツールを使っても良いだろう」と、この頃を振り返る。

また、もう1つのオススメ手法が、打ち合わせ(セッション)の管理シートを作ることだ。参加者名、話し合うべき内容、締切日などが明確化されることで、諸々の効率が上がるという。

セッションについてもやはり管理リストを作成

ただ、これだけやっても遅れる時は遅れる。リカバリーをどうするかも凄く重要で、コストを積み増すか、あるいは後半にまわっていたタスクを前倒しするしかない(橋本氏)

こうして2019年4月、アグリウェブのリニューアルが完了した。橋本氏は、正式稼働を待たず転職したが、一連の工程を振り返って、こう助言する。

(やれなかったことリストなど)細かい管理を日ごろから行っておいてほしい。そうすれば、突然上司から「あのKPIどうなった?」と質問されてもすぐに答えられる。管理ツールも良いものが増えているので、積極的に使うといいだろう(橋本氏)

リニューアル後のサイト

コンテンツWEBは、やめるタイミングがわからない。とはいえ、明確に続けていくのも問題である。

社内外が率先して利用し、顧客のインサイトを知り、事業やサービスに徹底的に活用していく。そのためにも、目的(KGI)・指標(KPI)を明確につくり推進する必要がある(橋本氏)

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