森田雄&林真理子が聴く「Web系キャリア探訪」

ヤフーデザイン部長を務めた宇野雄氏があえて、クックパッドに転職した理由

10年後の市場価値を上げる。あえて選んだヤフーからの転職。クックパッド宇野さんのキャリア観に迫る。

出向、転籍を含めると38歳にして9社を経験している宇野 雄さん。インターネットの黎明期からWebサイト制作に携わり、登場してくるさまざまなネットトレンドの最前線に常に立ってきた。ヤフーではデザイン部長を務め、「職位が上がると、もっとおもしろい仕事ができる」ということを若手デザイナーに体現して示してきた。

そんな宇野さんは2019年に再度、自分の市場価値を上げるためにヤフーを去る決断をした。あえてこれまでとは異なる環境を選んでクックパッドに転職し、VP of Design 兼 デザイン戦略部 本部長を担った宇野さんの、これまでのキャリア変遷と若手育成の考え方に迫った。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。

大学、美術学校を中退。「Webデザイナーになる」ことにまっしぐらな時代

森田: 宇野さんはこれまで登場いただいた方の中ではお若いほうですね。Webに触れたのはいつごろですか?

宇野: 今年で38歳になります。Webに初めて触れたのは、中学生の時に自宅にあったWindows95でISDN回線で接続した時です。家族で使うパソコンだったので、自由に触ったのは大学からですね。授業でホームページの作り方を習って、学校のサーバーにアップしました。その時に「全世界に公開された」と先生に言われて、こんなに簡単に世界に発信できるのはすごいなと思いました。

大学時代は橋のデザインをしたくて土木工学を専攻していました。でも、数学、物理が苦手で……。たまたま友達からホームページ制作のアルバイトがあると誘われて、橋を作るよりも楽しそうだと思って、バイトに夢中になりました。

林: その流れで、新卒で入社した先もWeb制作系だったのですか?

宇野: 実は大学は辞めてしまったんです。その前に両親に「Webデザイナーになりたい」と伝えたところ、「そんな仕事は10年後にあるのか怪しい、やめておきなさい」と諭されました。ただ、Webデザイナーへの道を諦められず、進級試験をすべて白紙で出したんです。そしたら、学校から親に連絡がいき、親がすごく怒ってしまい勘当されかけましたが、和解してその後美術学校に入学しました。

森田: 美術学校ではどんなことを?

宇野: Webデザインも含めてデザインの基礎を学びました。でもそこも半年で辞めました……(笑)。当時、バイトしていた制作会社に「社員にならないか」と誘われたからです。先生に相談したら「お前は器用だけど、飛び抜けてはいないから、卒業しても就職できないかもしれない。今就職先があるなら行ったほうがいい」と言われたんですね。

寝食を忘れて、がむしゃらに働いた見習いWebデザイナー時代

森田: 美術学校は、教育と就職をセットに考えるところですからね。制作会社ではどんなお仕事をしたのですか。

宇野: 受託制作が中心です。要件定義、ディレクション、デザイン、コーディングまで全部やりました。本社は名古屋にあり、東京は6人くらい社員がいて、営業は実質社長だけという会社でした。しかしその会社は僕が就職して半年で買収されてしまい、新しい会社に移りましたが、「終電で帰れれば早いね」という労働環境かつ、3ヶ月たったところで「デザイナーから営業にジョブチェンジして」と言われて退職を選びました。

クックパッド VP of Design / デザイン戦略部 本部長 宇野 雄 氏

林: 次に移られた会社というのは?

宇野: 初めに勤めていた東京支社の社長が新しい会社を作ったので、そこに転職しました。オフィスはデザイナーズマンションの一室で、お風呂も布団もあるので、家に帰るより会社に泊まったほうがたくさん寝られるな、という感じでした。「健全なブラック企業」ですね。

ただ、当時はそんな働き方に疑問を抱いたことはありませんでした。スキルは未熟なんですが、やりたいことがたくさんあって、それをクリアすることで、自分の成長を実感できていました。ゲームの感覚に近いものがあります。

森田: 2005年くらいまではそんな働き方の会社が多かったですよね。今ではアウトですけれど。

宇野: 業界自体が発展途上だったので、無駄なこともたくさんありましたよね。今なら同じスキルを得るのに半分の時間でできると思います。でも、そんな時代だったから、自分のようにスキルがなくて、学校も出ていないような者でも仕事ができたんだと思います。

森田雄(聞き手)

森田: どの時代に社会に出たのか、というのも振り返れば人生のおもしろさですね。その会社の後は?

宇野: 友達が起業したコミュニティファクトリーという会社に誘われて転職しました。先日メルペイを退職した元CPO 松本龍祐さんの会社です。自分はアートディレクターとしてWebサービス制作やソーシャルゲームを作っていました。

林: 基本的に、転職は、人に誘われるのがきっかけになっていますよね。瞬発力を発揮して機を逃さず、常に新しい潮流のど真ん中に居合わせて実践を積んでいる感じがします。

宇野: 適度に飽き性でミーハーなんですね。ただ、この頃はプロダクトが成長してもデザイナーは評価される軸が少なく、デザイナーとしてどうキャリアアップすべきなのか悩んでいました。

そんなとき、アメリカのソーシャルゲーム最大手の「ジンガ」が日本に上陸して「ジンガジャパン」を作るというニュースが入ってきました。それに伴って、デザイナーを募集しているということで、私も入社しました。当時、ジンガはFacebookと提携したソーシャルゲームとして急成長していて、世界一の会社が日本に来る、ということで興奮しました。

「デザインで人の感情を動かす」を学んだソーシャルゲームのデザイナー時代

林: ここまででWebサイトからソーシャルゲーム、受託側から事業側へと移り変わっていますよね。ジンガジャパンは、入社されてどうでしたか?

宇野: 入社して感じたことは、徹底して「数字でデザインする」という姿勢です。A/Bテストが全てで、その結果に応じてデザインをどんどん変更していくんですね。たとえば、農場育成ゲームで牛に餌をあげるんですが、餌は一度あげると手元からなくなり、しばらく待つと回復します。この待ち時間を減らす課金アイテムがあるんですが、牛が泣いている絵にしたら、一気に課金率が上がるという事例がありました。

森田: 月間アクティブユーザーが億単位規模のA/Bテストは意味のある数字が出ますよね。作る側としては、泣き顔でユーザーのお金が動くのはおもしろいでしょうね。僕は課金者側なので、普通はコントロールできない牛をコントロールするために課金するという気持ちがよくわかります。

宇野: はい、その頃UXデザインという言葉が出てきましたが、「機能ではなくデザインが感情を動かす」ことの重要性に気づきました。

しかしジンガは北米で上場直後の2012年に突然、日本支社を含む複数の海外支社を閉鎖すると発表しました。急なことだったのですが、ジンガを今でも好きなのは、(そういった)ドラスティックな変革ができるところです。

林: 具体的にはどのように通達されたのですか?

宇野: 「新事業で求めるスキルセットはこれとこれ、だから君はこの会社にはあわない。今辞めるなら退職金を出す」とはっきり言うんですね。こう言われたら辞めたほうがよくなる。元から優秀な人ばかりが揃っており、さらにジンガの経験があるので、職にあぶれることはないですし。同僚もいろいろな場所に転職していくのでコネクションが広がりました。結果的に僕も日本支社閉鎖と共に退職となるのですが、そういった縁からヤフーに転職しました。

「職位が上がると、もっと楽しい仕事ができる」を体現したヤフーデザイン部長時代

林真理子(聞き手)

林: いろいろな選択肢がある中でヤフーを選んだ理由は?

宇野: そもそもゲームよりも仕組みを作るほうが好きだったことと、人の生活に紐づいたサービスをやりたいと思ったからです。ちょうどその時ヤフーは社長交代もあり、組織改革を進めている最中だという話で、楽しそうだなと思いました。

森田: ヤフーではどんな仕事を?

宇野: ゲームはやりたくなかったんですが、ジンガの経験を活かせるゲームの担当になりました。ちょうどグリーとの合弁会社ジクシーズの立ち上げのタイミングで、ヤフーに入社したもののすぐに、子会社に出向となりました。

立ち上げから1年ほど経ち、ゲーム以外のことをやりたいと訴えてヤフーに戻って、今度はYahoo!ニュースに記事配信する別会社に出向になりました。

ゲームとは切り離されて、生活に紐づいたプロダクトのWebデザイナーとして、さまざまな経験が積めたのはとても楽しかったですね。社会的意義もあって、数字の分析もできて、編集の人が求めているデザインを提案して、実験場としていろんなチャレンジもできました。その会社を2年ほど経験したのち、ヤフー本体に行き、Yahoo!ニュースのWebサイトとアプリの両方をみるデザイン部長になりました。

林: そのタイミングで、管理職という立場でチームマネジメントを本格的にやるようになったのですか?

宇野: それまでもやってはいましたが、小さな組織ではマネジメントの必要がない優秀な人を雇っていましたから、これが若手の育成なども見据えた本格的なマネジメントということになりますね。メンバーは20人くらいいました。

林: プレイヤーからマネージャーに立場を移すことに葛藤はありませんでしたか?

宇野: いわゆる管理職というよりも、現場にコミットするプレイイングマネージャーとして、会社からも期待されていました。デザインを自分が楽しんでいることを公言していましたし、それを態度で示していました。

森田: 目指すべき上の立場の人として輝いて仕事をしていることは部下のロールモデルになりますね。

宇野: デザイナーのまま部長を務めることで、若手にデザイナーのキャリアパスを見せて、職位が上がればより大きな範囲でデザインできるようになることを示したかったのです。

部長になると他の部署の部長とも話をしやすくなって、部署間のしがらみを解消することもできます。みんなが他の部署からの制限で変えられないと思っていることを、交渉して好きなように変えていけるところを見せたかったんですね。

「10年後の自分の成長」を求めてヤフーからクックパッドへ転職

林: 若手の育成は、何か手がけられていましたか?

宇野: 部長だったときは僕自身はそこまでやっていなくて、中間にいるリーダーたちに若手との密なコミュニケーションを任せ、自分は半期に1回面談するくらいでしたね。リーダーとは1週間に1回くらいミーティングしてアドバイスしていました。

森田: 宇野さんはキャリアの最初は、制作会社で長時間労働したということですが、自分も同じで1年が2~3年に感じるくらい働きましたが、成長力は高かったと思います。それを社会的にも問題のない形で現代に実現できないかという考えもあります。

宇野: 自分の技術がつたない分、当時の成長曲線はすごかったです。インターネットもどんどん新しい技術、ビジネスが生まれて、新しいことができるのが楽しくて、何でも試したかったですし、長時間労働はそれほど苦ではありませんでした。ただ自分のパターンを他の人にあてはめても再現性はありません。技術もトレンドも変わるので過去の成功が未来の成功法則にはなりません。

林: 今は、どう育てるのが合理的で、実際に育つのか、みんな悩んでいますよね。

宇野: 育てるというよりも、自分の働き方を見せることだと思います。部長はつまらない仕事ではなく楽しくて、リーダーが「あの人を見ろ」と若手に言えるような存在になろうと思いました。

「自分の市場価値を上げる」ことは「自分が生み出すものの価値を上げる 」と同義

林: 宇野さんの仕事ぶりに触発される若手の方は多いだろうなと想像します。ヤフーの後、現在所属するクックパッドに入られたということですが、きっかけは?

宇野: 自分の市場価値をあげていくにはどうすればいいのか考えたのですが、「生み出すもので値づけされるのがデザイナーだ」という結論になりました。

ヤフーでは役職もありプレイヤーとしても評価をもらい、仕事もしやすい環境でしたが、自分がヤフーナイズされているのではないかと感じ始めました。このまま会社にさらに3年いたら給料は上がるだろうけど、外での市場価値はそこまで上がっているのだろうか、逆に自分の成長が止まるのではないかという不安がありました。ある程度のポジションを経験させてもらえたからこそ感じたことだと思います。そこで今とはサービスも環境も異なる最も振れ幅が大きいところに転職することで、10年後の自分の価値を高められると考えました。

林: クックパッドに転職したのは今年ですよね。これからやりたいことは?

宇野: 今までの会社は売上目標があってビジネスを前提に動いてきましたが、クックパッドは「毎日の料理を楽しみにする」というミッションで動いています。デザインを提案したときも「それが楽しみになるのか」と聞かれます。まずミッションを達成することを求められます。

個人の課題解決というよりも、クックパッドで楽しくなる、幸せになることが会社の存在価値ですから、デザインの力でミッションを実現するにはどうするべきか毎日考えています。クックパッドのデザインを高めることが自分の提供価値ですし、それが自分のキャリアにも会社の成長にもつながるはずです。今は大きな風呂敷を広げて、自分の肩書と組織を使ってミッションの実現をやりきりたいですね。

二人の帰り道

林: 事前に宇野さんのブログを拝見していて、ご自身のキャリアの市場価値を上げることに関心が高い方なのかなという印象をもって今回臨んだのですが、取材後は、ご自身のキャリアに留まらず「デザインやデザイナーの市場価値」を高め、見える化し、自部門を超えた経営層や他部署に示してこられた方なんだなぁという印象に変わりました。これは、現場で「人の感情を動かし、数字を上げるデザイン力」を発揮して、成果を上げ、ビジネスの文脈で分かる形に変換して情報共有し、経営や他部署のミッションに対して実質的な貢献をしてこそ認められるものだろうと思います。こうした宇野さんの仕事ぶりを身近で観察している若手デザイナーは、きっと社内でも働きやすいでしょうし、自分の仕事に対して誇りをもったり、もっとできるようになりたいと思ったり、自分も上を目指したいと思ったりといった好循環にもつながりやすいように思いました。「若手がなかなか昇進・昇格したがらない、上昇志向がない…」と悩んでいる職場もあると思うのですが、若手が上を目指したくなるように「自分たちの働き方」を見直してみるという視点の転換も、あるいは必要なのかもしれません。

森田: 宇野さんとは名前が同じということで、にこやかな挨拶から取材がスタートしました。話を伺ってみると、なんというか、歳は少し離れてはいますがやはり働き始めた時期というか、Webデザイン界隈的な観点では似ているなあと思いました。主に長時間労働具合が(笑)。成長曲線がすごい、自分どんどん成長してるなあという実感がある、そういう価値観にとても共感できたといいますか。僕にもそんな輝かしい時代がありましたというか、そうなんですよね。自分の能力が強まっていくのを自覚しながら、その力を使ってできる結果の範囲であるとか活躍の矛先であるとかを考えてキャリアを重ねていくというのは、本人はもちろんですが周囲にもポジティブな影響を強く与えるんですよね。チームのメンバーの温度感もきっと高いのでしょう。僕も取引関係者の心を揺さぶるような仕事ぶりができるように、ますますがんばっていきたいです。

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