ダーク・ナイトが作り出したもう1つのリアリティ
「バイラルマーケティング」とは、ウイルスが人々に感染するかのようにクチコミで宣伝してもらうことによって、利用者を広げる戦略のことを指します。元々メーリングリストやインスタントメッセンジャーなどを使ったネットマーケティングがありましたが、SNS やブログの登場により、広がり方が文字どおり感染的なものになってきました。
バイラルマーケティングには、大きく分けて2つの方法があります。役に立つ情報を配信する方法と、他の利用者を誘致するようにキャンペーンする方法です。映画業界では、映画の世界を現実世界で再現する方法で話題を提供し、クチコミを広げるという手法をとっている作品があります。
別のリアリティをネット上で展開した最初の大作映画と言われているのが、スティーブン・スピルバーグ監督の 2001年の作品『A.I.』。この2年前にリリースされた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』がインターネットで別のリアリティを作ったことによって火が付いたという経緯があります。そこで『A.I.』では 40もの関連サイトを立ち上げて、劇中に登場するお店やイベントについて知ることができたり、それぞれのサイトにある秘密のメッセージを見つけるといったゲームが展開されました。
ネットでの体験が映画の世界観を体験してもらうだけでなく、より映画を楽しめる要素を盛り込んでいるわけです。こうしたネットを使って別のリアリティを作りだすキャンペーンはその後もいくつか出ましたが、今年の夏に公開された『ダーク・ナイト』はネットだけでなく実世界でも別のリアリティを作ったことで話題になりました。
2008年7月(日本では翌月)に全米公開された『ダーク・ナイト』のキャンペーンは、1年以上前にあたる 2007年5月からスタートした Why So Serious というサイトからでした。作品の詳細がわかる公式サイトではなく、映画に関してまったく説明がされていないパズルのようなこのサイトは、鍵を手に入れると、まだ一般公開されていなかったジョーカーの顔が見れるようになるというものでした。
このサイトは、ファンが集まるイベントの告知の場としても使われ続けました。もちろん、単なる集まりではなく、劇中に出てくる小道具がファンに配られ、映画にあるイベントを模したような企画も幾つかされています。1~2回だけではなく 1年以上という長い期間で、1つの作品の世界を作り出すイベントが 10以上もあるキャンペーンは珍しいものです。
もちろん、ウェブ上でも活発な活動が行われています。映画の舞台であるゴッサム・シティーに関連したサイトは、20サイト以上見つかっています。警察署、銀行、学校、教会など種類は豊富。これらのサイトは、映画公開が近づくにつれてジョーカーに『ハック』されてしまい、今では酷い見た目になっています。
ゴッサム・シティーのメディアもリアルに再現されています。ゴッサム・タイムズ紙 は新聞、ゴッサム・ケーブル・ニュース はニュース番組で、それぞれ街の状況を伝える記事や番組を観覧できます。劇中の登場人物も出てきており、公開までに街がどのような状況にあるのか疑似体験できます。
映画自体は、こうした情報を収集しなくても楽しめるわけですが、これらのサイトを事前に体験しておくことで、作品がさらに深いものになりますし、単なる情報ではなく人に伝えたくなるようなゲームのような仕掛けやプレゼントが盛りだくさんです。
この映画、米国ではタイタニックに次ぐ興行収益を稼ぎだした、文字どおり大作になっています。登場している俳優の演技力や脚本のすばらしさがあったからという結果ではありますが、徹底的に行われたマーケティングも1つの要因だったのではないでしょうか。ネットだけでなく実世界でも別のリアリティを作りだしただけでなく、1年という長期で行われたからこそ、効果的なキャンペーンになったのだと思われます。
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