災害の激甚化が頻発する日本で、JX通信社の活躍が目立ちます。災害や事故、事件の速報にとどまらず、選挙では同社のサービス「情勢調査」がテレビ、新聞などさまざまなメディアで活用されています。
そうした背景もあって、代表の米重克洋さんは「報道の在り方を根底から覆す」などとメディアに取り上げられることもあり、報道産業に一石を投じる存在として頭角を現してきました。
そもそもJX通信社はこれまでどのように事業を成長させ、これからどんな企業を目指しているのでしょうか。
今回はJX通信社 代表取締役の米重克洋さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:矢島 宏樹)
FASTALERTのリリースで感じたPMFの熱狂
――JX通信社とはどんな会社ですか。
「データインテリジェンスを武器にした報道ベンチャー」です。従来の報道機関は依然として取材や調査報道にアナログな人海戦術で対応しているところが多く、デジタルシフトの遅れが課題となって産業の持続可能性にダメージを与えています。
スマホをはじめとするデジタルデバイスが広く普及している現代にあって、SNSなどから得られたビッグデータを基にAIを活用しながらインテリジェンスを導き出す形が、おそらく21世紀の新しい報道機関の在り方だと捉えています。我々はその思想を1つのキーワードとして事業を展開しているところです。
――先日、シリーズCラウンドで20億円の資金調達をしたというプレスリリースを拝見しました。会社の創業から14年目を迎え、起業当時から思い描いていた理想の姿へと順調に成長している感じですか。
創業以来、一本調子で順調に成長してきたかといえば、そんなことはありません。少し軌道に乗ってきたと感じたのはここ4~5年の話です。報道に関するコスト構造の問題を解決したいという創業当時の考え方に変わりはありませんが、ゴールに向かう山の登り方は何回か変わっています。
――ピンチもあったのですか。
そうですね。2011~12年頃、テクノロジーで報道の編集に関する機械化やコストカットを実現したいと考え、その延長線上で一般向けにVingow(ビンゴー)というBtoCのニュースサービスをリリースしました。タグを選択することで自分好みの情報を集められるアプリです。ところが今考えると、ニュースマニアの私自身をペルソナにした、プロダクトアウトの極致のようなサービスになっていました。自分が欲しい情報を言語化し、タグとしてフォローしてまでニュースを能動的に集めたがる人はそれほど多くなく、リリース当初から苦戦しました。一方、同時期にリリースされたGunosy(グノシー)さんやSmartNews(スマートニュース)さんは順調に成長し、我々は競争に負けてしまったのです。それが2014年から15年のことでした。当時、会社としても十数名の従業員がいましたので、非常に厳しかった記憶があります。
――Vingowは能動的にニュースを選ぶ必要があるのに対して、GunosyやSmartNewsはキュレーションでどんどん流れてくる、と。
おっしゃるとおりです。Yahoo!JAPANのトップページや新聞の1面、テレビのニュース番組のように、トピックス的なページのニュースバリューは共通言語として大きな存在なのに、我々はそこを無視する形でプロダクトアウト的な尖ったサービスを作っていました。その失敗を糧にすべく、競合の一挙手一投足を分析した結果、我々はゲームのルールがわかっていなかったと気づいたのです。ゲームのルールとは、ユーザーがニュースに割いている時間は限られており、その滞在時間の奪い合いをしているということです。広告収益モデルのニュースアプリやキュレーションアプリはざっくり言うと、ユーザーの滞在時間を安く仕入れて広告価値に変換し、広告主に売るという手法でマネタイズをしています。その基本的なルールに関する理解が不十分でした。
ゲームのルールを理解したところで、我々自身の技術的な強みを活かして市場で勝利するとともに、ニュースにまつわるビジネスとジャーナリズムの両立という創業からの目標につながるサービスを作ろうと考えました。その結果、誕生したのがNewsDigest(ニュースダイジェスト)です。これは初速が非常に好調でした。
――失敗の分析をしっかりと行った上で、JX通信社の強みを活かした新たなサービスをリリースしたらうまくいったというわけですね。なぜ初速が良かったのでしょうか。
速報性に対する需要の大きさだと思います。基本的にはステルスでひっそりと始めたサービスだったのに、DAUがどんどん伸びていきました。さらにBtoBについても、NewsDigestの速報検知の技術を使って「災害や事故、事件などの情報をいち早く覚知する仕組みを作れないか」というご相談を共同通信さんから頂きました。そこで誕生したのが「FASTALERT」(ファストアラート)です。FASTALERTのリリースをきっかけに共同通信さんと資本業務提携を結んだほか、半年ほどでNHKさんをはじめ、民放キー局全局に採用いただくことができました。「PMF」(プロダクト・マーケット・フィット)という言葉がありますが、その定義を「お客さまがお客さまを連れてくる状態」「熱狂的に支持されている状態」などとすると、FASTALERT はまさに「これがPMFか!」と肌身に感じるくらいの勢いだったことを覚えています。
模索する新しい報道機関の在り方。ベンチマークはブルームバーグ
――シリーズCのプレスリリースを拝見すると、「FASTALERTを軸としたデータインテリジェンス・プラットフォームを強化するための開発・営業体制強化に充てる予定です」「これにより、災害や事故にとどまらない多様な企業のリスクにまつわる課題解決に取り組んでまいります」とあります。異常気象や地震などの災害が大きな社会課題である日本で、FASTALERTはニーズも大きく、ビジネスとしてさらなる成長が見込まれますね。
ありがとうございます。激甚化する災害や、デマ・フェイクニュースなどの課題に社会が直面する今の時代にあって、情報のライフラインとして速く、正確に、くまなく伝えるという報道の価値はますます大きくなると思います。正しい情報をいち早く入手できないと、損害や身の危険につながりかねない現実に企業も個人も否応なく向き合わされている中で、ビッグデータからリスク情報などを見つけて素早く提供し、防災やBCP(※)をはじめとする顧客の課題解決につなげていきたいと思います。
※BCP(事業継続計画)企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと
[出典]中小企業庁「BCP(事業継続計画)とは」
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_c/bcpgl_01_1.html
――すごいですね。災害発生時の情報のライフラインというと、競合はNHKですか。
我々はNHKさんにもFASTALERTを提供させていただいております。NHKさんは公共放送ですから、情報のライフラインの1つの形ではあります。ただ、マスメディアですから最大公約数的に情報を取捨選択しなければなりません。一方、我々はNHKさんの手が回らない部分も含めて、通信社として補完するお手伝いをしたいと考えております。
――資金調達した20億円で強化する予定の「データインテリジェンス・プラットフォーム」とはどういう意味ですか。
我々が言うデータインテリジェンス・プラットフォームとは、例えて言えばオフラインやリアルで起きている事象を全部オンラインで可視化する仕組みを意味します。これまでは記者や調査員のような方々が人海戦術で取材したり、あるいは防犯カメラやセンサーなどのハードウェアで監視したりして膨大な人件費や設備投資を行わないと、リアルで起きた出来事をオンラインで可視化することは難しかったと思います。
一方、我々はこれから、1億総カメラマンのような現在の状況をうまく活用して、バーチャルなニュースのネットワークをさらに強化していきます。我々の技術的な強みの1つはデータマイニングです。SNSのようなビッグデータの塊からサプライチェーンマネジメントやBCPにも直結する災害、事故、事件の情報をいち早く入手できると、課題解決につながる企業がたくさん存在します。そうしたリスク情報は報道機関だけが求めているわけではありません。我々はリスク情報を一刻も早く入手したい企業の皆さまに、オフラインやリアルで起きていることをオンラインで可視化するFASTALERTをご提供していきたいと考えています。
JX通信社は、業種として報道からスタートしていますし、現在も報道機関向けに情勢調査というサービスも提供していますので通信社色が強く見られがちですが、実はブルームバーグさんと同様に、多いのは報道機関以外のお客さまです。
――なるほど、イメージはブルームバーグですか。
ブルームバーグさんは金融業界を中心に大きな顧客基盤があって、そこを足場にしながら報道機関としての役割をしっかり果たされている印象を持っています。我々は金融業界とはお客さまの特徴が違いますが、ベンチマークとして近いビジネスモデルを作り上げていきたいです。
――例えば、物流とか製造業ですね。
物流や製造業、インフラ業界の企業はもちろん、政府、自治体の課題解決についてもプラットフォームとしてあまねく入っていく状態を作っていきます。そのためには開発、マーケティング、セールスなどにアグレッシブな投資が必須になりますので、我々の趣旨に賛同された皆さまからご出資を頂いたのが今の状況です。
――ただの報道機関ではなく、いい鉱脈を見つけましたね。
報道産業自体は基本的にまだシュリンクをしている最中ですから、マスメディアとは異なる新しい報道機関の形を打ち出す必要があると思います。我々はマスメディアではなく、データインテリジェンス・プラットフォームこそが21世紀にあるべき新しい報道機関の形だと定義しています。まず我々自身がビッグデータの中からインテリジェンスとしてのリスク情報を取り出していけるプラットフォームをさらに強固に作り上げることで、新しい報道機関の形を体現していきます。
BtoBのSaaSとBtoCのサービス一体化に伴う課題解決の難しさ
――現在、一番注力しているところは何ですか。
FASTALERTとNewsDigestを組み合わせたデータインテリジェンス・プラットフォームを作成中です。外形的には別々のサービスのようですが、実際には一体的に組み合わさっています。例えば、コロナや災害、事故、事件に関してFASTALERTで集めた情報をNewsDigestで展開したり、NewsDigestで集めた情報をFASTALERT上でお客さまにご提供したりしています。
ただ、一体的ではありますが、BtoBのSaaSとBtoCのメディアを組み合わせたモデルになりますので、それぞれのビジネス的な課題をバランスよく解いていく必要があります。注力しているのはその部分です。
――どういうことですか。
BtoBのSaaSの場合、事業の伸ばし方はある程度メソッドがあると言われています。基本的にはマーケティングで認知を広げて商談機会を獲得し、成約したらなるべく長期間ご活用いただけるようお客さまを支援して、満足度を最大化していくわけです。FASTALERTの場合でも、我々の情報がどの業界でどんなふうにお客さまの課題解決につながるか、解像度を上げていくことが満足度の最大化につながると考えています。例えば物流なら、交通網に関する情報提供によってお客さまが通行止めの場所を迂回でき、経済的な損害を防ぐことにつながったケースなどが事例として該当するでしょう。そうした対応が業界の数、もっと言えば会社の数ごとに求められます。
一方、BtoCアプリのNewsDigestで顧客満足度を上げるにはまた別の課題があります。すでに500万ダウンロードを超えていますが、ユーザーの大まかな傾向を押さえつつも、一人ひとりのストーリーに寄り添ったサービスを目指してプロダクトを進化させていかなければなりません。つまりデータインテリジェンス・プラットフォームとしてさらに一体化させるためには、BtoBのSaaSとBtoCアプリでそれぞれ異なる課題を同時に解決していく必要があるというわけです。
――NewsDigestの課題に関連してですが、LINEなどで近所の不審者情報が表示されると、つい見てしまいますね。
例えばそういうことです。近所の不審者情報がマスコミで報じられることはほとんどありませんが、気になって見てしまう人は少なくないと思います。そんなふうにマスメディアの最大公約数的なニュースバリューの設定ではなく、ハイパーローカルで身近に起きた事故や事件のようなパーソナルな価値にフォーカスしていくニュース・プラットフォームを作れるかどうか。そこが重要です。
――大変そうですね。
記者の人海戦術ではほぼ不可能ですから、我々の強みであるテクノロジー、データインテリジェンスで解決していきます。
選挙予測で無双状態の「情勢調査」
――続いて、3つ目のサービスである「情勢調査」についてお聞きします。総選挙もありますし、大活躍のようですね。これはもともと選挙を想定して開発したサービスですか。
はい、2017年にサービスを開始したのですが、普及してきたのはここ2年くらいです。そもそもこのサービスを開発した理由は、報道機関の情勢報道や選挙報道には大きなコストがかかるのに利益につながらないという構造的な問題に着目したことがきっかけです。
例として挙げられるのは、2015年に行われた大阪都構想1回目の住民投票です。事前調査の報道では相当な差がついて反対多数になるだろうと予測されていたのに、実際は非常に僅差という結果でした。その報道を見て私は「もしかしたら日本の選挙報道、情勢報道、情勢調査は精度面の課題に直面しているのかもしれない」と感じました。さらに翌2016年にはアメリカで事前の予測に反してトランプ大統領が誕生します。これでマスコミの世論調査や選挙予測に対する不信が世界的なレベルで高まった気がしました。「既存マスコミの情勢調査の手法はコストと品質という両面の課題を抱えている。その課題を解かないと継続は難しい」と考えた我々は、音声合成の技術を活用して「情勢調査」(電話世論調査)を開発することにしました。
情勢調査が世に知れ渡ったのは、2017年の東京都議選です。このとき他のメディアが「自民党が第1党」と予測していたのに対し、我々は早い段階から「都民ファーストの会が第1党になる」とする調査結果を発表。それが的中して実績となり、以降、報道各社さんに少しずつ利用していただけるようになりました。現在では毎週のようにさまざまな報道機関がお使いになっていて、FASTALERTに次ぐ2つ目のPMFになりました。
――速報性はすごくても正確性についてはどうですか。熊本地震(2016年)のときの「動物園からライオンが逃げた」のようなデマが拡散するおそれはないのでしょうか。
その点に関してはむしろ得意にしています。デマやフェイクニュースがなぜ拡散しやすいかというと、画像や動画が付いていることが多いからです。そしてその画像や動画の多くは過去の何らかの投稿の使い回しなので、我々の技術でいち早くキャッチをして弾きます。ほかには、SNS上で直接交流がないと思われる人たちが同じような情報を上げているときは、信憑性が高いと考えられる、といった形でさまざまに信頼性を判断できる情報をサジェストしています。正確性の担保に関してはいろいろな工夫をしていますので、FASTALERTが流した情報を基に報道した結果、誤報だったという話は聞いたことがありません。
――海外から強力な競合が現れてシェアを一気に奪われる可能性はないですか。
可能性としては高くないと思います。なぜならFASTALERTの場合、例えばインフラ業界1つを見ても鉄道、航空、道路などいろいろなお客さまがいて、それぞれ微妙に使い方が異なります。物流や製造業など業種別に見ても、やはり使い方が少し違うものです。我々は災害や事故、事件に関するデータ量をおそらく警察以上に保有していると思いますので、個別の事情に特化した情報でたくさんの小さな問題を解いていくことができます。データの蓄積度合いが精度に直接関係することを考えると、競合が参入するハードルは高いのではないかと思います。
FASTALERT。
自分が熱心なユーザーでも、自分をペルソナにはしない
――JX通信社が目指す理想の姿を教えてください。
我々が目指しているのは国際総合通信社です。ロイターさんやブルームバーグさんなどに比肩する国際総合通信社を、記者ではなくテクノロジードリブンで作り上げることを目標にしています。その手段となるデータインテリジェンスという武器にさらに磨きをかけつつ、国内で一定量のシェアを獲得してビジネスモデルを作り上げたら、同様の方法でグローバル展開をしていきます。国際総合通信社の体制づくりを5~10年以内に実現するために、現在は国内での急速な成長を目指して、大きな投資をしているところです。
――すごいですね。御社のような会社はほかに存在しないのですか。
FASTALERTもNewsDigestもそれぞれに近いサービスは海外に存在します。ただ、会社として、あるいは1つのプラットフォームとしてそうした事業を展開しているのは、少なくとも我々が知っている範囲ではないと思います。
――ということは、米重さんのアイデアがオリジナルですか。いつもアイデアをどんなふうに考えているのでしょうか。
私は狭く深く関心を持つタイプで、基本的には私自身がユーザーとして、どんな情報をどういうタイミングで得たいか、弊社のバリューにもある「カスタマーファースト」を意識しながら思考し、会社で旗を振っています。
ただし、間違えてはいけないのは自分をペルソナにしないことです。それはVingowで一度懲りていますので、自分自身がユーザーの気持ちになるのと、自分をペルソナにすることを履き違えてはいけないと常に念頭に置いています。具体的には、自分のアイデアは本当に一定数の人たちが共通して望んでいることかと、ユーザーの行動を見ながら「起きていることは正しい」前提で一度冷静になって考えるようにしています。ユーザーの行動を押さえつつ、そこに自分のアイデアをどう結びつけていくかがポイントですね。
そんなふうに思考して事業を成長させながら、これまでにないビジネスモデルの国際総合通信社を作り上げていきたいと思います。
――本日はありがとうございました。
Profile
米重 克洋(よねしげ・かつひろ)
株式会社JX通信社 代表取締役社長、CEO、報道研究者。
1988年山口県生まれ。大学在学中の2008年1月にJX通信社を設立。中学・高校時代に航空業界専門のニュースサイトを運営した経験から「ビジネスとジャーナリズムの両立」という課題に着目。同社で「FASTALERT」「NewsDigest」「情勢調査」の3つのサービスを展開。
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