クラウド化がもたらすWeb 2.0に続くネットビジネスの転換期/書評『クラウド化する世界――ビジネスモデル構築の大転換』
BOOK REVIEW Web担当者なら読んでおきたいこの1冊
『クラウド化する世界――ビジネスモデル構築の大転換』
評者:山川 健(ジャーナリスト)
電気と同じレベルになったインターネットサービス
すべてが雲の中で可能な社会で今起きていることは?
日本語の発音は英語の「R」と「L」を区別しない。そもそも日本語をローマ字でつづる場合に「L」は使わない。そのため今年(2008年)夏ごろ、「クラウド」という言葉をIT関係者から聞いたときは、「Web 2.0」で注目された集合知に関する「クラウド(群衆)」のことと勘違いした。実際は、クラウド=群衆は「crowd」で、そのときのクラウドは「cloud」=雲のことだった。その後、秋ごろから突然、インターネット、コンピューティングの世界で、雲の「クラウド」がWeb 2.0にとって代わる新たなキーワードとして、もてはやされるようになった。
「クラウドコンピューティング」の言葉を広く使い始めたのは、米グーグルの最高経営責任者(CEO)のエリック・シュミットで、2006年からだった。ユーザーはネットを通してクラウドにアクセスすれば、自らのPC上で、その中にあるアプリケーションを活用してデータも保存できるという主旨。アクセスした先がどこなのか、何なのかを意識することなく、であるから、クラウド、と呼ぶ。背景にはブロードバンド回線の普及があり、クラウドコンピューティングならPCのスペックやOSのバージョンはさほど重視されないため、最近の低価格ミニノートブームにつながったとも言われる。当然、シュミットが力説するクラウドは、グーグルが目指すサービス全般を指す。
米国のビジネスライターによって書かれた本書の原題は「THE BIG SWITCH」。大転換、と訳すのが妥当か。副題の「ビジネスモデル構築の大転換」が原題そのものだ。本書では、クラウドの文言は、シュミットの言葉として「雲の中のコンピュータ(コンピュータ・イン・ザ・クラウド)」
と、さらりと紹介されている程度。著者は、インターネットで相互接続されたコンピュータ全体を意味する「ワールドワイドコンピュータ」をキーワードに据え、それによって大きな転換期を迎えたビジネスモデルを紹介しながら、経済活動から文化、社会生活全般にまで及ぶ影響について考察を試みた。
著者はインターネット技術の進展を、電力の発展の歴史に重ね合わせて論じている。電気は、壁のソケットにコンセントを差すだけで使うことができる当たり前のインフラ。しかしつい100年前の工場では、自前で発電装置を導入していた。企業は電気を作るための投資が不可欠で、人材や場所も必要だった。今では、電線というネットワークによって供給される電気を使うだけで、発電装置は不要。21世紀の今、1世紀前に発電で起きたことが、情報処理の世界で起きようとしている。当時の発電装置は、現代の企業が自ら構築し運営している情報システムと同じ。コンセントを差せば電気が使えるように、ネットワークにつないでアプリケーションを利用しデータを保存することが当たり前になる。
クラウド化した世界では、企業はシステムベンダーや、マイクロソフトをはじめとするPC用ソフトメーカーに払っていたコストが浮いて、本来業務に投資できるようになり、組織のスリム化も可能。半面、システムベンダーやソフトメーカーはビジネスモデルの変革が急務。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが日常業務から引退した事実を引き合いに出し「PC時代を担った偉大なソフトウェアプログラマの時代は終わった。コンピューティングの未来を担うのは、新しいユーティリティ事業者たちなのだ」
と断言する。
本書では、ワールドワイドコンピュータによってもたらされるマイナス面にも多くの分量を割いている。YouTubeやSNSサービスは「昔の小作農業さながらのねじれ構造の中で、サイトのオーナーたちは土地と道具を提供して、会員にすべての作業をやらせて、経済的な報酬を獲得している」
のであり、富の格差は一層拡大する。ワールドワイドコンピュータが作り出す文化は「何マイルもの広がりがありながら、わずか1センチの深さしかない」
。加えて、「我々は大きな便宜のために、より大きな支配を受け入れている」
と、コンピュータに使われている現状や、プライバシーが管理される危険性を語る。
クラウドという言葉自体は、流行語で終わるかもしれない。しかし、あえて邦題に付けられたように、世界は確実にクラウド化し、その影響が随所で表面化している。本書は、インターネットでもたらされる夢の未来を語っているのではないし、ビジネス成功のための具体的な道筋も示してもいない。ただひたすら、クラウド化の進展にともなって起きている現象を淡々と記し、電力供給の歴史と照らし合わせながら分析した。インターネットに過剰な期待を抱くことなく、かといってリスクに対して必要以上に敏感でもない。極めて公平で冷静につづられている。インターネットで今何が起きているかを偏りなく客観的に知ることができる貴重な1冊だといえる。
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