サードパーティーCookieの代替策 「Unified ID 2.0」とは何? The Trade Deskに聞いてみた
Googleは米国時間の2024年7月22日、同社のChromeブラウザにおけるサードパーティーCookieのサポート廃止を実質的に取りやめ、代わりとなる「新たなアプローチ」を取ることを発表しました。2025年にはGoogleによって新たな仕組みが導入され、環境が大きく変わることが予想されますが、代替技術を詳しく理解できていないという人も多いでしょう。
今回のコラムでは、本連載の筆者である杉原氏がインタビュアーを務め、The Trade Deskの共通IDソリューション「Unified ID 2.0」を取材。サードパーティCookieに代わる新しい共通IDについて、同社の馬嶋慶氏、白井好典氏の2名にお話をうかがいました。
オープンインターネットのための共通ID「Unified ID 2.0」
The Trade Desk(以下、TTD)は、2009年にアメリカ・カリフォルニアで設立されたアドテクノロジー企業です。広告主側(バイサイド)に特化した広告配信プラットフォームを提供することをビジョンに掲げ、「オープンインターネット」を中立的な立場から推進してきました。
デジタルマーケティングに携わる方にはおなじみかもしれませんが、ここで「オープンインターネット」と「ウォールドガーデン」の2つの大きい勢力について、改めて触れておきましょう。
ウォールドガーデン(Walled Garden)
特定のアプリやプラットフォーム内で「閉じられた」環境のこと。主にGAFA(Google、Amazon、Facebook(Meta)、Appleの4社)が提供するソーシャルメディアプラットフォームや検索エンジンを指します。オープンインターネット(オープンWeb)
すべてのユーザーがアクセスできるウェブのこと。トラディショナルなメディア由来で、巨大プラットフォームと対をなす事業者の総称であり、CTV(コネクテッドTV)、ネットニュースや記事コンテンツ、音楽ストリーミングなどを指します。
ウォールドガーデンは、クローズドな環境でユーザーを囲い込んでいます。その背景には、GAFAがエンジニア主導で膨大なユーザーデータを所有していることがあります。今のマーケティング領域は、そもそもウォールドガーデンに有利な広告KPIのルールが設定されているので、旧来型メディアは不利な状況です。
広告費がウォールドガーデンに偏っている現状を危惧し、TTDではオープンインターネットのパブリッシャーが収益化を図れるよう、さまざまな支援を行っています(馬嶋氏)
TTDでは、オープンインターネットをサポートするため、クッキーベースの広告識別子「Unified ID 1.0」を2019年より無償で提供していました。その上で、サードパーティCookieの廃止やGDPR(EU一般データ保護規則)、CCPA(消費者プライバシー法)などのデータ保護規制を受けて開発されたのが、新たな共通IDである「Unified ID 2.0」です。
「Unified ID 2.0」の特徴、導入のメリット
「Unified ID 2.0」とは、プライバシーに配慮した識別子(暗号化・ハッシュ化されたメールアドレスや電話番号)を使用した確定IDのことです。相互運用が可能なオープンソースで、Chromeだけでなく、他のブラウザやモバイル、CTVなど複数のチャネルを横断して利用できます。さらに、1か所で設定すれば、全媒体で簡単にオプトアウトが可能です。クッキーレスの時代への代替策として、提供が開始されました。
Unified ID 2.0を導入するメリットについて、「広告主・媒体社・消費者」それぞれの視点でまとめると次のようになります。
広告主ターゲティング精度の向上
サードパーティーCookieが廃止された後も、チャネルやデバイスを問わず、パーソナライズされた広告を適切に配信、効果計測できます。確定IDを使用しているため、ユーザーの好みを反映したより正確なターゲティングが可能となり、CVやCPAの向上が見込めます。
媒体社マネタイズの加速
広告主の場合と同様に、ユーザーに関連性のある広告体験が提供できます。デバイスをまたいだアドレサブルなターゲティングとマネタイズが可能となり、実際に売上が約140%超伸びた例もあります。
消費者ユーザー体験の向上
エンドユーザーにとっては、自分の興味関心に沿った広告が見られる、暗号化・ハッシュ化によって個人情報が保護される、一度ログインすれば簡単にオプトイン・オプトアウトできるなどのメリットがあります。
パブリッシャーがきちんと収益を得られることで、オープンインターネットのエコシステムが成長し、ユーザーが引き続き無料でコンテンツを楽しめるというのが、最も大きなメリットです(白井氏)
「Unified ID 2.0」の基本的な仕組みとフロー
Unified ID 2.0は、「媒体社と広告主がそれぞれ保有しているファーストパーティーデータを安全に突き合わせ、ユーザーを識別し、ターゲティング広告を配信し、効果測定する」というのが基本的な仕組みです。流れを詳しく見ていきましょう。
UID 2.0の基本的なフロー
ユーザーがログインする
ユーザーがウェブサイトやモバイルアプリを訪問し、メールアドレスや電話番号でログイン、規約にオプトインします。パブリッシャーがUIDトークンを生成
パブリッシャーはユーザーから得たメールアドレスや電話番号をUIDオペレーターサービスに送信し、暗号化された「UIDトークン」を取得します。UIDトークンをSSP、DSPに送信
パブリッシャーはUIDトークンをSSP(サプライサイドプラットフォーム)に送信します。このトークンはさらにSSPからDSP(デマンドサイドプラットフォーム)へ送られます。広告主がUIDを生成
広告主側も自社のファーストパーティーデータをハッシュ化して「UID 2.0識別子(UID)」を生成します。これをDSPに送信します。UIDトークンの復号化
DSPは、パブリッシャーから送られてきた「UIDトークン」(暗号化された状態)を復号化し、UIDに変換します。UIDを突き合わせて最適な広告を配信
パブリッシャーのUIDと広告主のUIDを突き合わせ、ハッシュ値が一致したときにパーソナライズした最適な広告を配信します。
Unified ID 2.0は、大量の広告枠を持つ「SSP」と大量の広告を持つ「DSP」が連動し、お互いにファーストパーティーデータを隠したまま、最適な広告と広告枠をマッチングさせる仕組みです。「ログインベースの確定IDであるため、ユーザーのライフタイムに最も近く、長期的に活用できる点が魅力です」と白井氏は指摘します。
従来のCookieとの違い:クロスデバイスでの広告配信が可能
ここまで、サードパーティーCookieの代替案として「Unified ID 2.0」を紹介してきました。一方で、UID 2.0は従来のCookieと比べ、進化している点もあります。その大きな特徴の1つが「オムニチャネルやクロスデバイスへの対応」です。
従来のサードパーティーCookieにもとづく広告配信では、「デバイス分断による欠損率が高いこと」が課題とされていました。一方で、UID 2.0は広告チャネル全体を横断して機能するため、広告主はCTV、ブラウザ、モバイルなどを単一のIDで管理・分析でき、より高精度なマーケティングを行うことが可能です。
オープンインターネットにはさまざまな媒体社が存在し、それぞれがファーストパーティーデータを保有しています。ユーザーがいずれかの媒体にログインすると、その情報はUID 2.0に参加している各媒体社に共有されます。これがシステムサーバーを経由して伝達され、広告主のUIDと一致した場合、ユーザーに適した広告が配信されるという仕組みです(馬嶋氏)
オムニチャネルで配信できることは、世帯および個人レベルでのID問題も解決してくれます。モバイルやPCはユーザーにIDが紐づいていますが、テレビは世帯にIDが紐づいているので、実際に誰が見ているのかがわかりません。そこで、UID 2.0をもとにハウスホールドグラフ(各世帯が保有するデバイスのデータ)を形成すると、より精度の高いターゲティングが可能です(白井氏)
UID 2.0はメールアドレスや電話番号などの「確定データ」を利用しているので、推定IDよりも正確です。加えて、サードパーティーCookieでは欠損してしまいがちなクロスデバイスジャーニーのギャップを埋められるという点が、最も重要なポイントだと言えるでしょう。
なお、UID 2.0においては通販系のクライアントは導入が早いです。ユーザーデータについてすでに許諾が取れている場合が多く、導入へのハードルが低い傾向にあります。一方で、ユーザー規約の更新頻度が低い大企業の場合は、時間がかかることが多いですね(馬嶋氏)
「Unified ID 2.0」の実際の導入について
導入に必要なコストや期間は?
最後に、「Unified ID 2.0」を実際に導入する場合の流れを見ていきましょう。白井氏によると、まず媒体社の場合は、契約書にサインした後、オープンソーステクノロジーである「Prebid.js」に組み込む形で技術開発を行います。技術的負担は軽微で、1~2か月程度の確認期間で完了します。
広告主の場合は、契約を締結した後、ファーストパーティーデータを「CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)」に組み込むか、自社でUID 2.0に変換するかを選択します。利用規約を更新する必要があるので、数カ月程度の期間が必要です。
UID 2.0自体の利用は無料ですが、CDPの利用コストに関する費用は発生します。なお、SnowflakeやAmazonなど、すでに対応しているCDPを使用する場合は、導入コストは安く済みます。
広告主は、UID 2.0設定後の予測分析を見たうえで、広告配信を行うことが可能です。確定IDを拡張して行うため、推定IDの場合よりも確かな数値となります(馬嶋氏)
導入する事業者の規模感は?
媒体社については、「ログイン機能」さえあれば企業規模を問わず導入可能です。特に日本では、大規模な媒体社が大量のユーザーデータを活かすため、積極的に導入が進んでいます。馬嶋氏は、「日本での媒体社のUID 2.0導入率は、比較的高く、グローバルでも上位です」と説明します。
しかし、そもそもログインができない、会員がいない……という場合は、ビジネスモデルから作り直すということになります。弊社では、ログイン機能をもってない媒体社さん向けに、ログイン化をサポートする「オープンパス」を提供しています(白井氏)
また、大手の広告主に関しては、すでにCDPを活用しており、スムーズに導入できる場合が多いとのこと。ただし、小規模な広告主は、クラウドサーバーなどの初期投資が必要になる場合があるので、注意が必要です。
今後の展望:リーガルとも連携してUID 2.0を展開していく
媒体社のファーストパーティーデータをマネタイズし、広告主のデータと連携することで、ウォールドガーデンに依存しない選択肢を作っていくというのが、UID 2.0のコンセプトです。
今後の課題としては、特に大手ナショナルクライアントにおいて、ユーザー規約に関する確認をスムーズに行っていくことが挙げられます。法務部門が関わることで導入に時間がかかり、結果としてUID 2.0ではなく他の方法を優先されてしまうことも多くあります。
UID 2.0の導入には、リーガルチームとマーケティングチームの連携が欠かせません。コンプライアンスを守りながら、異なる部署が協力してUID 2.0の仕組みを理解するために、来年はリーガルプライバシーとマーケティングの共同セミナーやセッションを開催していきたいと考えています(馬嶋氏)
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