担当者が知っておきたい、立場や解釈によって違う「デジタルマーケティング」の役割
「デジタルマーケティング」という言葉は、さまざまな文脈で使用される。このため、議論が混乱を極めていると言うのは花王の廣澤祐氏だ。「デジタルマーケターズサミット 2020 Winter」では、2部構成にして、前半で「デジタルマーケティング」の混乱を解きほぐす方法を、後半は同氏がマーケティングを担当しているキュレルというブランドで実際に何を行っているのかを紹介した。
デジマの現場と経営層で話がかみ合わない理由
まず前提として、“デジタルマーケティング”という言葉は、誰が言ったかによって内容がかなり異なることを理解しておこう。
たとえば、現場の担当者レベルだと、“デジタルマーケティング”は「自分の担当領域に軸足を置き、効率を良くして生産性を上げるもの」として捉えられていることがある。たとえば、広告運用の担当者が、「DMPの実装など、広告の細やかな運用によって広告効率が良くなったこと」を“デジタルマーケティング”と呼んでいる場合だ。この場合、“デジタルマーケティング”の意味するところは「効率改善」である。
一方、経営者や管理職が、“デジタルマーケティング”という言葉を使う場合、外部のステークホルダーに対して、新しいことに挑戦している姿勢を示すため、あるいは社内に対して経営や事業の方針を示す際に使われることが多いのではないだろうか。
こうした状況に対して廣澤氏は、「“デジタルマーケティング”という言葉に対する意味や解釈の差が、デジタルマーケティングに関する議論において、混乱を生じさせている」と見解を述べた。
経営層が求めるデジタルマーケティングの成果
経営者や管理職にとって“デジタルマーケティング”は挑戦の象徴や、方針の明示という役割があることは前述した。では、企業上層部が求めている“デジタルマーケティング”に、現場の担当が応えるにはどうすればいいのだろうか?
まず、一般的に経営者や株主などのステークホルダーにとって重要なことは、生産性を向上させたうえで、利益効率を上げることだ。デジタル活用はあくまでその手段であることを理解しておく必要がある。
利益率をあげるには、生産性の向上が欠かせない。生産性とは、インプット(投下コスト)に対して、どれだけのアウトプット(成果)を出せたかで決まる。端的に言えば、利益貢献するには(コストは維持しながら)成果を増大するか、投下コストを減らすかの2通りしかない。このとき、各々の取り組んでいる“デジタルマーケティング”がどちらに作用するのか、“デジタルマーケティング”の事業的なゴールはどこかを定めておかねばならない。
そのうえで重要なのが、各々の目指すデジタルマーケティングに対して、組織体制や仕組み、人材といったリソースがそろった状態で適切に連携できているかどうかである。デジタルマーケティングの理想形は様々だが、その前提とポイントとして、廣澤氏は以下の3点を挙げた。
- 自社リソース理解と最大限活用するための基盤構築
- 各リソースの連携
- 適切な資源配分と資源活用によるアウトプット
まずは体幹トレーニングのように、『自社リソースの理解と最大限活用するための基盤構築』をしっかりやることが重要だ。これができてはじめて、『各リソースの連携』、『適切な資源配分と資源活用によるアウトプット』につながり、『理想的なデジタルマーケティング』にたどり着く。逆に言えば、この順番を守らずにいきなり理想的なデジタルマーケティングを語り始めても何もが具体的には進まないだろう(廣澤氏)
自社リソース理解と、最大限活用するための基盤を構築するには
まず、廣澤氏が体幹トレーニングと例えた、「自社リソース理解と最大限活用するための基盤構築」について説明する。前提として、リソース(資源)とは、「ヒト・モノ・カネ・情報」のことだ。講演のなかでは「ヒト・モノ」にフォーカスし、それぞれを理解して活用するためには以下のようなことが必要になると紹介した。
- 自社の歴史、組織の変遷をまとめる
- 現在の組織がどうなっているか理解する
- 現在の組織にどんな仕組みが入っているか理解する
- 全体を把握したうえで、動きやすいチーム像をつくる
それぞれ具体的に解説していく。
自社の歴史、組織の変遷をまとめる
まず廣澤氏は、なぜ今の体制になっているのかを理解するため、自社のデジタルの取り組みについて、いつどのようなことをしたか、そのとき誰がディレクターだったのか、時系列で整理した。当時のインターネット環境がどうだったかも把握できるよう、デジタルの歴史と並べた資料を作っておくと良い。
廣澤氏はこの資料を作成したことで、状況を整理できるだけでなく、昔をよく知る城跡と話がはずみ、説明が円滑にすすむという副次的な効果もあったという。
現在の組織がどうなっているか理解する
次に、現在の組織がどんな体制かを理解する。組織体制は企業ごとに異なる。そのため、たとえば自社が機能別組織なのか事業部制組織なのかといった全体像(基本的な組織構造)を把握したうえで、デジタルマーケティングにまつわる機能や仕組みをどの部門が担っているのかを理解しなければならない。
廣澤氏は、「一般的に、情報システムとデジタルマーケティング(あるいはマーケティング)が分断しているといった問題が多いが、その場合も各部門が何にどのような権限を有しているのかを認識することが重要だ」と指摘する。
現在の組織にどんな仕組みが入っているか理解する
前述したとおり、情報システムやデジタルマーケティングが分断されていることによって、部門ごとに使用しているサーバーやCMSなどがバラバラという事態が起きていることがある。組織体制が明確になったら、それぞれの部署でどのようなシステムが入っているか、どのようなインフラを使っているかなどを確認する。
さらに、それぞれがどのように連携しているか、どこの誰が責任者なのか、各場所のエースは誰かといったことを把握しておくと良いだろう。
全体を把握したうえで、動きやすいチーム像をつくる
組織体制や仕組みがどうつながっていて、責任者は誰で、誰がエースかを把握できたら、次はキーマンを集めてスタッフィングする。ただし、タスクフォースやプロジェクト化して公式な1つのチームとして確立させると、かえって動きにくくなってしまうこともある。そのため、廣澤氏は「何についての窓口はあの人、と決めるくらいのゆるい連携でもいい」と言う。
ここまでが体幹トレーニングの話だ。この筋トレができていないとその先へは進めない。逆に、これができると、どこに無駄があるかわかるので、投下コスト低減の道筋も見えてくる。
ポイントとして押さえておきたいのは、誰かに何かを説明するときは、専門用語をなるべく使わず、理解しやすいように伝えることだ。
上司にデジタルの用語を使ってありのままを説明しても、理解される可能性は低い。比喩などを駆使してわかりやすく説明する方が良い。たとえば、最終的なサービスを建物、インフラに使うIaaSを土地、CMSを工具と言い換えて説明することがある(廣澤氏)
「効率追求」以外のデジタルマーケティングの役割
さて、今まではいかにして生産性をあげるかという話だが、デジタルマーケティングのもう一つの役割として、「顧客にとっての付加価値(顧客体験の質や満足度)を上げる」という側面がある。この点についてはどのようにアプローチするべきだろうか。方法は2通りある。
- インプットを低減して、安く便利に顧客体験を提供する
- アウトプットを増大するために、顧客体験そのものをデジタル化して満足度を上げる
この2つを実現するための打ち手として、たとえば以下のようなことが挙げられる。
- 製品や広告・販促の製造コスト低減
- 広告予算の配分の最適化
- サンプル等の配分最適化
- その他調査などのコスト削減
- 買い手の行動に基づく顧客体験の設計
- データに基づく仮説・メッセージ設計
- OMOによるシナジー効果の創出
さまざまなコスト低減の結果を価格などにどう反映させるかは事業判断だが、顧客体験そのものをデジタル化するのは非常に難しい。たとえば花王のような日用品メーカーの場合、洗剤や化粧水そのものはデジタル化できないし、スキンケアという体験をデジタル化することも非常に難易度の高いことだ。
製品自体のデジタル化にどの程度コミットするかは、事業や産業の性質による。自社製品がデジタル化に向かないのなら、資金的な余裕がある場合を除いて、無理にトライする必要はない場合もある。
それよりもまずリソースを整理して、行動計画を立て、利益率を上げるための生産向上に取り組む方が良い(廣澤氏)
- 「デジタルマーケティング」という言葉は様々な文脈で使われる。同じ言葉でも使う人の立場やバックグラウンドによって意味に差異が生まれる。
- デジタルマーケティングの最終的役割は顧客体験の満足度向上。
- 企業活動としては、利益率を上げるための生産性向上も重要。
- リソースを整理して、リソースに合わせて行動計画を立てる。
<デジタル活用の例>キュレルの取り組み
第2部ではテーマを変えて、廣澤氏がマーケティングを担当する花王の「キュレル」のマーケティング活動について、どのような取り組みを行っているか紹介した。
キュレルは、「乾燥性敏感肌」の肌を健やかにしたいという思いから生まれたスキンケアブランドだ。課題解決型の商品として、1999年から低刺激処方をベースとして商品開発し、発売当初から持続的に成長している。20年間成長し続けているのは、以下のような強みがあるためだという。
- 商品の品質
- 信頼の醸成(医療専門家と継続的に学術活動を実施)
- 流通との関係構築・信頼関係
- 乾燥性敏感肌の人へフォーカスしたコミュニケーション
コミュニケーションの基本方針として花王が以前から得意としているのは、顧客のマインドシェアとアクセシビリティを確保することだ。マスコミュニケーションがメインの時代では、テレビCMと店頭という2つの強力なプレゼンスによって獲得していた。
しかし、マスからデジタルにシフトし、顧客がひとりひとりデバイスを持つようになっている現在、かつてのように全てのタッチポイントに広告を出して、カバレッジで勝負するのは現実的ではない。そういう環境で大事なのは、各タッチポイントで「キュレルと近い文脈」で存在感を出すことだ。
キュレルのマーケティング活動の中で参考にしている考え方に、Googleが2011年に提唱したZMOT(Zero Moment Of Truth)がある。
ZMOTの購買プロセスは以下の通りだ。
- 刺激によって課題を認識する
- 商品やサービスについてオンライン上で調べる
- 店頭で商品やサービスに出会う
- 商品やサービスを体験する
今は、これに加えてTMOT(Third Moment Of Truth)やUMOT(Ultimate Moment Of Truth)と呼ばれる考え方が存在する。これには、ZMOTの4つのプロセスに以下のプロセスが加わる。
- 企業や商品に対して感想が生まれる瞬間、自らの評価を他人に伝える瞬間
こうした購買プロセスを前提としたときに、キュレルが注力しているポイントについて解説する。
1. SERPのファーストビューを必ず取る
肌悩み(肌荒れなど)に対する課題解決型の商品である「キュレル」は、他の商材やブランドに比べて、能動的に調べるという行動が起きやすい。そのため、検索行動は非常に重視しているという。現在の購買プロセスでは、刺激があったあとに検索が生まれることが多いため、対策としてSERP(Search Engine Result Page)のファーストビューを取ることが重要になる。
課題を感じている人が「乾燥」「肌悩み」などで検索したときにキュレルのページが表示されなければ、課題にリンクする商品ではないと思われてしまうからだ。具体的には、SEOやリスティング広告を使っている。リスティングで重要なのは、「やみくもにビッグワードを狙いすぎない」ことだと廣澤氏は言う。キュレルであれば、「スキンケア」ではなく、「乾燥」や「敏感肌」など、コアとなるキーワードを中心にしながら、それに関連して発生する周辺キーワードを拾っていく。
2. 情報サイト、メルマガ、SNS
店頭での購買の瞬間や、商品を実際に使用する瞬間への対応として、まずは店頭での一体陳列を行っている。キュレルコーナーとして多くのラインナップを1か所に並べてもらうことで、何を組み合わせて使えばいいかなどがユーザーにわかりやすい陳列にしている。
そして、わざわざ調べなくても情報が届くよう、商品箱の裏面にはお手入れ方法や説明文を記載。さらに情報が欲しい人にはWebコンテンツも用意して、自社だけではなく口コミサイトなど、商品情報がリッチなサイトで定期的に情報更新や、メルマガ配信、InstagramやTwitterで情報発信も行っている。
SNSの取り組みとしては、いわゆる「中の人」が積極的に顧客とコミュニケーションしていくタイプではなく、SNSは完全にキャンペーン告知と割り切ってやって運用している。外部サイトやSNSにはコンテンツをストックしておき、お客様が調べたときに何かしらキュレルに接触できるようにすることを重要視している(廣澤氏)
最後に廣澤氏は、最近のプロモーションでの気づきを紹介した。発売して10年以上たつフケ・かゆみのシャンプーのキャンペーンだ。フケなどのセンシティブな課題の場合、課題のキーワードの検索対策を徹底的に行うのがシンプルだが、廣澤氏はもっと何かあるのではと、「フケ」に関する検索クエリを見てみたという。
「フケ」に関する検索クエリは「原因」や「対策」に関するキーワードが圧倒的に多い。あるいは、フケシャンプーとしての認知が高いブランドの指名検索や「おすすめ」「評価」といったキーワードだ。しかし、その中で少ないながらも特徴的なキーワードに「子供」というキーワードが存在した。このとき、「フケ 子供」で調べている検索の主体者はおそらく親であることは想像に難くない。
そういえば小中学生のとき、フケで悩んでいる友人がいたな、と思い出した。ただこの子たちは『自分はフケで悩んでいる』と、絶対にお母さんに相談しない。お母さんも、学生服にフケがついていても指摘しづらい。このすれ違いをどうにかできないかと考えて、動画の企画を書いた(廣澤氏)
完成した動画はブランドリフトに貢献したが、共感しない人ももちろんいた。デジタルはターゲティングして広告を“狙い撃ち”することに焦点が当てられがちだが、デジタルの良い部分として、「誰に広告を接触させないようにするか」という考え方もできる。つまり、「本当にこの情報を届けたいお客様は誰か」をクリアにしておけば、踏み込んだ表現やストーリーも展開できるだろう。
ただし、注意しなければならないのは、ターゲティングしたとしても、シェアされればターゲット以外の人の目にも触れることになるので、その部分を考慮した慎重さも求められる。廣澤氏は最後に、「規模の大小に関係なく、トライ&エラーで改善していく前提でやる」という考え方を紹介して、セッションを締めくくった。
ソーシャルもやってます!