インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~

「アドネットワークとアドサーバー」の登場:トランスコスモス主導のダブルクリックジャパンの事業展開[第2部 - 第14話]

現在にも通じるインターネット広告を支える技術が生まれ、のちにGoogleに買収されることになるDoubleClickについて解説します。

インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第14話。前回の記事はこちらです。

杓谷

20世紀末になるとインターネット・バブルが到来し、アメリカでも日本でもインターネット界隈がとても盛り上がったわけですね。

佐藤

インターネット・バブルの影響も後押しして、1998年〜2000年頃にかけて、バナー広告の配信技術が進化していきました。その進化の中心にいたのが後にGoogleが買収することになる米DoubleClickです。

複数のウェブサイトを横断して広告を配信できた「Infoseek Network」

佐藤:当時の米Infoseekには、スタートアップ時代のGoogleのような「技術優先」のカルチャーがありました。人の手を介さず、あらゆる作業や問題解決をコンピューターで自動化しようという姿勢が強く感じられました。

また、Infoseekは検索サイトとして初期の段階から、広告を「CPM(Cost Per Mille)」、つまり広告の表示回数1,000回あたりの価格で販売を行った、最初の検索サイトでした。さらに、検索技術を応用し、ユーザーのInfoseek上での行動に基づく「行動ターゲティング広告(Behavioral Targeting)」を開発した初の企業でもあります。この技術は「Select Cast」という名称で米国では試験的に導入され、当時大きな期待が寄せられていました。しかし、さまざまな課題があり、日本では広告商品として正式には導入されませんでした。

さらに、1996年には「Infoseek Network」という広告配信システムが米国で稼働していました。これは、バナー広告の画像をInfoseekのサーバーにアップロードすると、自動的に提携サイトにも広告が配信される仕組みでした。たとえば、3つの提携ウェブサイトに広告を表示し、合計の表示回数が一定数に達すると、自動的に次の広告へ切り替わるといった仕組みです。

今でいう「アドネットワーク」に近いものですが、当時はまだその概念自体が存在していなかったのではないでしょうか。日本でもすぐに導入され、「So-net」や「JustNet」と契約を結び、広告配信を行っていました。

「Infoseek Network」の概念図

佐藤: Infoseekのサーバーから広告がさまざまなウェブサイトに配信される仕組みを見て、伊藤穰一が「将来的には、世の中のすべてのサイトがInfoseekのウェブサイトになっちゃうってことだよね」と言っていたのをよく覚えています。実際、その後Googleは「AdSense」を通じて、このビジョンを実現しました。後にGoogleやDoubleClickが使う技術の雛形は、すでにInfoseekに存在していたのです。

バナー広告の配信技術の進化

杓谷: ここで、バナー広告の配信を支える技術について少し解説したいと思います。

インターネット広告黎明期、広告配信の仕組みは非常にアナログでした。メディアレップは、広告主や広告代理店からバナー広告の画像を受け取ると、それを各ウェブサイトの担当者に渡します。画像を受け取った各担当者がサーバーにアップロードし、配信を行っていました。

しかし、第10話第11話でも触れたように、ウェブサイトの数が増えるにつれ、この作業は非常に煩雑になっていきました。広告を効率的に配信する新たな仕組みが求められるようになり、その進化が後のアドネットワークやプログラマティック広告につながっていきます。

インターネット広告市場初期のバナー広告配信の概念図

杓谷: 90年代末になると、複数のウェブサイトを横断してバナー広告を配信できる「アドサーバー」が登場しました。アドサーバーの登場によって、ウェブサイトのコンテンツを配信するサーバーとは別のサーバーから広告を配信できるようになりました。

“別のサーバーから配信する”仕組みから、「第三者配信」と呼ばれることもあります。英語では「3rd Party Ad Serving」といい、頭文字を取って「3PAS(スリーパス)」と略されることもあります。

このアドサーバーを活用することで、複数のウェブサイトに同時に広告を配信し、表示回数やクリック数を統合して計測できる仕組みが生まれました。これが「アドネットワーク」と呼ばれるものです。

現在広く使われている「Google Display Network」や、前述の「Infoseek Network」、第12話で紹介した「バリュークリック」や「サイバークリック」も、この「アドネットワーク」に分類されます。

「アドサーバー」を活用したバナー広告の配信の概念図

佐藤: 「アドサーバー」や「アドネットワーク」の普及により、それまで売れ残りがちだったトップページ以外のページも収益化しやすくなりました。

さらに、レポーティングの精度向上という大きなメリットも生まれました。従来、バナー広告の画像は、各ウェブサイトのサーバーにアップロードされていたため、広告の表示回数やクリック数は各ウェブサイトが独自に計測していました。この仕組みでは、収益を増やしたいウェブサイト側が表示回数やクリック数を水増しし、レポートを改ざんするリスクもありました

しかし、「アドサーバー」を導入することで、広告配信を独立した仕組みで管理できるようになり、不正を未然に防ぐことが可能になりました。さらに、ウェブサイトごとに異なっていた広告の表示やクリックの定義を統一できるようになったことも、大きな進歩です。

こうした背景から、メディアレップも次第に「アドサーバー」の導入を進めていきました。そして、この「アドサーバー」の技術を開発し、米国で広く普及していたのがDoubleClickでした。

加藤

DoubleClickに関しては、ダブルクリックジャパンの代表を務め、後にOverture、Criteoなどの日本法人代表を歴任された、株式会社SUIM代表取締役の上野正博さんに話を聞くと良いと思います。上野さんは日本のインターネット広告の生き字引的な存在なので、連載に加わっていただくと当時の様子がよくわかります。

トランスコスモスとNTTグループによるダブルクリックジャパン設立の経緯

上野

ご紹介にあずかりました上野正博と申します。ダブルクリックジャパンが創業して丸一年経った頃の1998年10月1日にご縁があって代表を務めることになりました。私の知っている範囲でダブルクリックについてご紹介できればと思います。

上野: ダブルクリックジャパンの設立は、当時トランスコスモスの役員だった山村幸広さんが、直接ニューヨークに渡り、米DoubleClickにジョイントベンチャー(合弁事業)を提案したことがきっかけだったと聞いています。

当時、電通グループも提携を狙っていたそうですが、山村さんの熱意が実を結び、米DoubleClickの創業者ケビン・オコナー、そして後にCEOとなるケビン・ライアンとの交渉が成立。こうして、ダブルクリックジャパンの設立が決まったと伺っています。

1997年12月の米DoubleClickの公式ウェブサイト
出典:Internet Archive

杓谷: 今振り返ると、米DoubleClickがトランスコスモスをパートナーに選んだことは、日本のインターネット広告史において重要な出来事だったかもしれません。もし電通グループが出資や投資をしていたら、日本のインターネット広告はまた違った形で発展していたかもしれませんね。

上野: 確かにそう思います。第11話でも少し触れましたが、米DoubleClickはもともとDECが開発した検索エンジン兼ポータルサイト「AltaVista」(アルタビスタ)のバナー広告配信システムを開発し、AltaVista系列のアドネットワークを運営していた会社でした。

日本でサービスを展開するにあたり、米DoubleClickはAltaVistaのようなポータルサイトを持つ提携先企業を探していました。その結果、NTTの「goo」と提携することになったのです。トランスコスモスは当時、現在会長を務める奥田昌孝さんが「Jストリーム」というインターネットを利用したコンテンツ配信インフラの会社を立ち上げており、そこにNTTも出資していたため、もともとNTTとは深い関係がありました。

ダブルクリックジャパンの経営体制と人事の変遷

上野: 山村さんは1997年9月から約1年間、ダブルクリックジャパンの社長を務めましたが、1998年9月末にトランスコスモス本社へ呼び戻され退任。その後、1999年には伊藤忠商事が出資して設立した米Excite Inc.の日本法人「エキサイト株式会社」の責任者となり、2004年に上場を果たしました。山村さんの退任に伴い、1998年10月1日から私がダブルクリックジャパンの代表に就任することになりました。

私の前職はリクルートで、当時は課長として十数人の部下を持つ程度の規模でした。代表就任の打診を受けた際、「ダブルクリックジャパンには何名いらっしゃるんですか?」と尋ねたところ、「十数人です」と言われたので、「それならなんとかやれるかな」と軽い気持ちで引き受けたのですが……実際はまったく違いましたね(笑)。

ダブルクリックジャパンに正式採用されていたプロパー社員はその半分もおらず、出資元であるトランスコスモス、NTT、NTTアドからの出向者がほとんどでした。

「DoubleClick」が「NetGravity」を買収、市場規模が日米ともに拡大

上野:先ほどもお話ししたように、米DoubleClickはもともとAltaVistaのアドネットワークとして誕生しました。しかし、アドネットワークに参加する複数のパブリッシャー(広告枠を提供するウェブサイトや事業者)から、「広告の販売や管理を自分たちで行いたい」という要望が出てきたため、米DoubleClickは広告配信の技術、つまり「アドサーバー」の販売に特化したビジネスを展開するようになりました。

その代表的な製品が「DART」(ダート)です。これは「Dynamic Advertising Reporting & Targeting」の頭文字を取ったもので、「広告主向け」と「パブリッシャー向け」の2種類がありました。

パブリッシャー向けの「DART for Publishers」(DFP)は、Googleによる買収後に「DoubleClick for Publishers」に改称され、現在の「Google Ad Manager」となっています。

日本におけるアドサーバー市場の黎明期

日本のダブルクリックジャパンでも同様に、アドネットワーク事業とは別にテクノロジー販売を専門とする事業部を立ち上げることになります。

当時、「DART」は珍しいASP(Application Service Provider)型のツールで、現在のGoogle広告と同じようにブラウザ上で操作できる仕組みでした。一方、アメリカではDoubleClickの競合として「NetGravity」という企業があり、すでに上場も果たしていました。NetGravityの広告配信管理システムはオンプレミス型で、サーバーを設置して運用するタイプの製品です。

当時の日本では、朝日新聞、日経新聞、毎日新聞といった大手パブリッシャーの多くがサーバー設置型を求めていたため、ほとんどがNetGravityの製品を導入し、DARTは苦戦を強いられました。約1年間、NetGravityと競争を続けましたが、その間にアメリカでDoubleClickがNetGravityを買収する動きがあり、最終的に両社のサービスが統合されることになりました。

DoubleClickによる買収劇とサービス統合

この統合により、「DART」に加えて、サーバー設置型の「DART Enterprise」というサービスが誕生し、結果として米国のトラフィック上位50サイトのうち27サイトがDoubleClickの製品を採用するまでになりました。

※出典:Internet Watch「ネット広告のDoubleClick、Netgravityを合併」(1999年7月)

日本でも、ダブルクリックジャパンとNetGravityの日本法人が合併し、大手パブリッシャーの多くが「DART」を導入するようになりました。

メディアレップの動きとしては、博報堂・旭通信社系のDACが1998年に「DFP」を採用。また、電通系のCCIも当初はサーバー設置型の「DART Enterprise」を利用していました。しかし、カスタマイズや機能拡張の対応が難しくなり、2000〜2001年頃には「DFP」へ移行したと記憶しています。

DoubleClickがインターネット広告に「ターゲティング」の概念をもたらした

佐藤: 1997年には、ブラウザを個別に識別する技術「Cookie」が標準化されました。これにより、ウェブサイトにログイン機能を持たせたり、表示されるコンテンツをパーソナライズ化したりすることが可能になりました。DoubleClickは、このCookieを活用した広告配信技術を開発。これは、Googleが設立される前の出来事です。

上野:「DART」の「T」が「Targeting」の頭文字であることからもわかるように、この技術を活用することで「ウェブサイトのドメイン」、「広告枠の位置」、「IPアドレスを基にした地域指定」などを活用し、バナー広告を出し分けることができるようになりました。これにより、インターネット広告における「ターゲティング」の概念が確立したと言えるでしょう。

Cookieの標準化に伴い、DoubleClickはブラウザに独自のCookieを保存し、ウェブサイトの閲覧履歴を記録。その履歴に基づいて広告を配信する「オーディエンスターゲティング」という技術を確立しました。これにより、現在のGoogle Display Networkでも使われている「スポーツ好きユーザー」「旅行好きユーザー」など、ユーザーの興味・関心ごとに広告を配信する手法が生まれました。

佐藤: 実は、GoogleがDoubleClickを買収するまで、Google自身はCookieを活用した広告配信技術を開発していなかったんです。

Google Chromeに保存されたDoubleClickのCookie。Chromeの「Developers Tools」で確認できる

上野: さらに、オーディエンスターゲティングの一種である、「リターゲティング」広告も、DARTではすでに実現されていました。リターゲティング広告とは、広告主のウェブサイトを訪れたユーザーに対して広告を配信することです。当時、この機能は「Boomerang」(ブーメラン)という名称で提供されていました。

また、確か1999年か2000年頃の話ですが、アメリカの大手カタログ通販会社が、約7,000万〜8,000万人規模の購買データを保有していました。DoubleClickはこの購買データと自社のCookieを統合しようとしましたが、米連邦取引委員会(FTC)から禁止され、計画は断念せざるを得ませんでした。かなり粘ったものの、最終的には「ダメなものはダメ」となったわけです。

杓谷: この記事が掲載される2025年現在、DoubleClickのCookieを含む「3rd Party Cookie」の取り扱いを巡り、インターネット広告は大きな転換期を迎えています。データをどこまで統合してよいのかという問題は、この時代から現在まで続く課題の一つですね。本連載の最終章で、このテーマについて改めて掘り下げたいと思います。

次回は3/6(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。

◇◇◇

※この連載では、記事に登場する出来事を補強する情報の提供を募っています。フォームはこちら。この記事に触発されて「そういえばこんな出来事があったよ」「このテーマにも触れるといいよ」などご意見ご要望ございましたらコメントをいただけますと幸いです。なお、すべてのコメントに返信できるわけではないことと、記事への反映を確約するものではないことをあらかじめご理解いただけますと幸いです。

用語集
ASP / CPM / Cookie / Google広告 / アップロード / アドネットワーク / オンプレミス / オーディエンスターゲティング / スタートアップ / メディアレップ / リターゲティング / 広告代理店 / 検索エンジン / 第三者配信 / 行動ターゲティング
この記事が役に立ったらシェア!
メルマガの登録はこちら Web担当者に役立つ情報をサクッとゲット!

人気記事トップ10(過去7日間)

今日の用語

パンくずリスト(ナビ)
Webサイトのナビゲーションの一種。ユーザーは今、Webサイトのどこにいるのか、 ...→用語集へ

インフォメーション

RSSフィード


Web担を応援して支えてくださっている企業さま [各サービス/製品の紹介はこちらから]