デジタルマーケティングって何? 『いちやさ』シリーズの著者が解説する基本
デジタルマーケティングの初心者向け教科書として、9月にインプレスから出版した『いちばんやさしいデジタルマーケティングの教本 第2版 人気講師が教えるコミュニケーションと販促の新しい基礎』の著者、田村修さんにインタビュー。
書籍を読む前に知っておきたい、「デジタルな世界でマーケティングはどう変わったのか」「デジタルマーケティングはどう捉えるべきか」などを始めとし、書籍ではあまり触れていない「SNSでどうユーザーと向き合うべきか」「マーケターは手段をどう選択すべきか」なども聞いています。
デジタルで何をするかではなく、デジタル社会に対応するマーケティングのやり方を考える
――デジタル化がどんどん進み、デジタルマーケティングも盛んになっていますが、世の中がどうデジタルにシフトしていると思いますか?
田村氏(以下、敬称略): 基本的にデジタルシフトというのは、大きくわけて3つほどあると考えています。
まず1つ目が、メディアやツールのデジタルシフトです。生活の中のいろいろな情報や、接触するものがすべてデジタル化しています。たとえば、メディア接触時間もマスや紙媒体などのアナログなメディアから、インターネットやSNSなどデジタル化しています。
2つ目は商品そのものですね。たとえば、本やCD、映画などです。物理的に触れられるものとして本やCD、DVDがある一方で、モノとしての形を持たないデジタル化された電子書籍やサブスクリプション型の音楽、映画のデジタル化があります。
3つ目は、いままでモノでしかなかった製品のデジタルによるサービス化です。さまざまな製造業において製品を作って販売しているだけではなく、デジタル技術と製品を組み合わせてパッケージとして展開している、いわゆる「製造業のサービス化」が進んでいますが、これもまさにデジタルシフトだと言えます。
――デジタル化が進んだ世の中で、「デジタルマーケティング」をどう捉えるべきだと思いますか?
田村: 世の中全体でデジタル化の動きがあって、マーケティングのデジタル化も普通のものになってきています。アナログとデジタルの大きな違いは、デジタルはさまざまなものがデータになることです。そのデータを使って、マーケティング活動をしていきましょうというのがデジタルマーケティングのベースだと思っています。
たとえば、「デジタルツールを使ってマーケティングをしましょう」というわけではなく、「デジタル化社会に対応するマーケティングのやり方ってどんなだっけ?」ってことを考えていくと、本質が見えてくるのではないでしょうか。
――企業のデジタル推進も進んできているので、いきなり「デジタルマーケティングをやれ」と言われる人も増えてきていると思います。マーケティングの経験もない人は、どこから手をつけるのが良いのでしょうか?
田村: たぶん身の回りからですよね。要は「僕らは、デジタルをどうやって使っているのだっけ?」と考えていくとこから始めると良いと思います。知識としてのマーケティングのフレームワークや考え方を身につけておくことは大事ですが、マーケティングを実行するにあたって、新しい知識や難しいノウハウ、最新のソリューションツールが絶対に必要なわけではないのです。
たとえばB2Cだと、消費者の行動や考えに合わせていくことが一番大切ですよね。「消費者が望んでいることは何か」「消費者はどのような行動をしているのか」そういったことを観察して、いろんなものを消費者の行動や考え方にアジャストしていくのが一番大切なのだと思います。
――デジタル化によって、消費者の購買意欲や行動が今までと違うということはあるのでしょうか?
田村: 何も違わないと思いますよ。要は人間のモチベーションや欲望、欲求みたいなものが消費に向かっていくのですから、アナログ時代もデジタル時代も同じです。欲望や願望や希望、「こうなりたい」というものが消費に向かっていくので。
ただ、現代は商品自体がデジタル化していますし、サービス自体もデジタル化しています。さらに、接触するメディアやツール、情報入手経路や購入経路がデジタルになっているので、消費者の購買意欲をどうやってデジタルでキャッチアップするのかを考える必要があるのです。
トリプルメディアは役割で把握する
――デジタル化が進んだことで「トリプルメディア」という考え方が生まれました。これについて教えてください。まず、「トリプルメディア」とは、何を指しているのでしょうか?
田村: トリプルメディアとは、消費者が接触するメディアを以下の3つに分類したものです。
- ペイドメディア(広告など有料で出稿するもの)
- オウンドメディア(自社運営のメディア)
- アーンドメディア(消費者とのコミュニケーションを通じて評判を得るソーシャルメディアなど)
しかし、実はこれらの区別はすごく曖昧です。たとえば「アーンドメディアは、ソーシャルメディアのことです」と言っていても、Facebookには個人ユーザーのページもあるし、企業ページもある。「Facebookの中に企業のページを作ったら、それは何メディアですか?」って言ったら、それは企業がコントロールできるので、オウンドメディアです。
――トリプルメディアの区別って以外と曖昧だったのですね。どうやって区別したら良いのでしょうか?
田村: それぞれは、役割で区別すると良いです。たとえば、自分たちが消費をするときに、普段どこから情報をもらうのか考えてみましょう。商品の情報をもらうメディアは、大きく分けると「マスメディア・広告」「店頭・ECサイト」「カタログ」「SNS」「口コミ」などですよね。
デジタルが出てくる前は、マスメディアが消費者にとって情報源の大半を占めていました。朝起きたら「テレビをつける」「新聞を読む」といったように、マスメディア中心の生活でした。そして、情報を見た後どうやって動いていたかというと、商品が欲しかったり、興味があったりすればお店に行って、店員さんに聞いたり、パンフレットをもらったりするという行動がメインでした。
デジタル化が進んだ後は、マスメディアよりもデジタルメディアからの情報取得が加速していきます。たとえば、朝起きたらスマホを見る。電車の中でも雑誌や新聞よりスマホを見ながら、Webサイトやニュースメディア、SNSなどをチェック。商品情報を得た後の行動もお店には行かず、検索して出てきたECサイト、企業のサイトでまた詳細な情報や価格、レビューや評判を調べるという行動に変わりました。
トリプルメディアはデジタルマーケティング時代になってから生まれた考え方ですが、デジタル以前の顧客接点で考えてみましょう。たとえば、直営店です。そこには実際に商品が置いてあったり、お店の人がいて説明してくれますし、パンフレットも置いてあります。広告を使って直営店に集客をおこない、そこでメーカー側が直接来客者に魅力を伝え説得することができます。これはペイドメディアを使った集客、オウンドメディアでの説明や説得と同じですよね。そしてその後、消費者のコミュニティーの中に噂や評判が広がっていきますが、これはアーンドメディアだといえます。
このように、どんな役割をする場所がどんなメディアなのかという理解の方が良いと思います。デジタル社会になって、ユーザーは情報に触れるポイントが増えました。それぞれの役割を把握して、ユーザーに対して何をどう伝えたいのかで手段を選びましょう。
ユーザーに寄り添って情報を発信したいなら、まずはユーザーに聞く
――企業サイトやSNSで会社の情報を発信するのもデジタルマーケティングの方法の1つだと思いますが、ユーザーに寄り添い、求められている情報を発信するためのポイントは何でしょうか?
田村: ポイントは、ユーザーに聞くことです。以前は商品というかモノの価値は企業が決めていると考えられていましたが、実は企業が決められる価値は素材や性能、機能といったスペック的なものだけなのです。実は、何かモノを買ったときにそのモノの最終的な価値を見出し、満足するのかどうかの判断は購入し使用している消費者本人なのです。たとえば、どんなに希少な宝石や高価なブランドでも、興味がない人にとっては購入する価値のないものですよね。
ですから、「モノに対する最終的な価値は、消費者が決めるものだ」と考えると、 商品の購入時はもちろん、情報を提供するときにも、どういうときに、どのような形で渉るのか、あるいは消費者側が受け取ってもらえるのか、を考えると渡し方が変わります。たとえば、花を1つ渡すにもシチュエーションを考えて渡した方が相手に響きます。
企業の情報発信も一緒で、消費者が置かれているシチュエーションやコンテキスト、さらにはいつどういう気持ちのときに、どのような包み紙に入れてお渡しするのかは、すごく大切なのではないでしょうか。それを「デジタルでどうやって行くべきか」を考えていくのが、いわゆる消費者のエクスペリエンスを考えていくことなのだと思います。ただ、「じゃあどうやればいいの?」というのは、まだまだ業界的にも試行錯誤の最中なのだと思います。
――UX向上といえば、「まずはユーザーのことを考えて、いい体験を提供しましょう」という結論になりますが、具体案は見つかっていない状態ですね。
田村: 「ユーザーをグッとくる方法で口説くにはどうしたら良いですか?」と聞いているようなものですからね。ケースバイケースですよ(笑)。
たとえば「今日は結婚記念日だ」とお互いにわかっているとき、花の渡し方を考えても、関係性によっても違うじゃないですか。サプライズがいいのか、それとも決まり切ったようなものがいいのか。絶対こっちが良いという正解はないのです。
マーケティングコミュニケーションも同じで、情報の出し方をその消費者ごとに考えていくべきだと思います。デジタルになったことで本当は細かく人に合わせた情報の発信ができるようになってはきていますが、一方でユーザーのニーズや属性も多様化してきて、複雑化しています。企業が持っている商品や情報によっても括り方は変わりますが、多様化したユーザーをどう括って情報を出すのがマーケットの拡大につながるのか、試行錯誤して作っていくのがデジタルマーケティングの今後の課題になるのではないでしょうか。
デジタルになっても、大事なことは「目的を定めること」
――デジタルマーケティングには多くの手法がありますし、選択肢がたくさんあります。マーケターはどうやって手法を選択していったら良いのでしょうか?
田村: 考えるべきことは「何が目的なのか」を最初に明らかにすることです。ただし、目的を定める前に前提条件として、「企業の売り上げの源泉は何か」を理解していることがとても重要です。
たとえば売上げを決める要因を因数分解していくと、販売個数と販売単価、購入者数や購入頻度といったように分解できますが、これらの要因は企業によって違います。店舗数、商品点数、購入方法や買いやすさ、商品バリエーション、認知度やブランドイメージのこともあると思います。どの数字に注力すると、売り上げが上がるのかを意識することは大切です。
そうすると、課題が見つかってくるはずです。たとえば、「知られていないから」「知られているけど興味をもってもらえていないから」「知られているし、興味も持たれているけど、他社と比較されて負けるから」などです。課題を見つけることで、「認知が不足しているからこの方法で広告を出そう」とか、「競合商品と比較されたときに選ばれるようにしよう」「ファンにもっと好きになって欲しいからこうしよう」とか目的を設定することで手段が変わるのです。
「インターネット広告を打つ」とだけ決めて、CPCとかCPAを追っても意味がありません。広告を打つ目的を明確にして、達成目標を作って、それに沿った施策を立てて、達成目標に対してどうだったかを振り返って施策の善し悪しを評価していくのが王道ですね。
――デジタル時代になって、数字がわかることによって目的や目標が疎かになったり、目的とは関係ない数値に惑わされたりしてしまっているのかもしれませんね。
田村: そうですね。たとえば認知を上げるために広告を打ったなら、本来はインプレッションとフリークエンシーを見ながら目指したマーケットでどのくらいの認知を得られたのかを評価するべきなのに、CPAも見てしまうとか。CPAは広告投下金額に対してどのくらい購入されたかですから、それで認知を目的とした広告施策を評価するのはおかしいですよね。
インターネット広告の指標に迷ったときは、JIAAが出している「~インターネット広告関係者が知っておきたい~ 測定ハンドブック」を一読すると良いですよ。
SNSは「話し上手より聞き上手」
――デジタル時代になり、企業も公式のSNSアカウントを持つことが増えました。認知向上やブランディング目的のアカウントも多いと思いますが、運用するときのポイントを教えてください。
田村: SNSは端的に言うと「話し上手より聞き上手」の姿勢が大切です。広告は「言う方」、ソーシャルは「聞く方」と考えましょう。特にどう運用したら良いかわからない状態のときは、いいね数やインプレッション、フォロワー数を考えるよりも、とにかく聞くことから始めた方が良いと思います。だって、フォロワーの数が多いブランドが良いブランドや利益率が高いブランドなわけじゃないですから。
――フォロワー数などよりも、どういう人を集めてどう情報を得るかですね。
田村: そうです。たとえば、あるファッションブランドではInstagram活用は発信より圧倒的に受信に重きをおいていると話されていました。そのブランドでは、Instagramを見ていくなかで、女の子たちが撮影したファッションアイテムを画像加工でわざと色味を抑えてアップしていることに気がついたそうです。そこで、「どうして色味を抑えてアップしているの?」と聞いたら「この柄もかわいいんだけど、色はこのままだと“らしく”ない。こうした方が“らしく”て、かわいい」と言われ、「じゃあ私のところで開発するわ!」と開発したそうです。そこであえて色味を抑えたアイテムを発売したところ、“らしく”てかわいいと評判になって自然に広がっていき、売り上げが上がったそうです。
バズらせようとだけと思っていてはこんな商品出せないですよね。これはひたすらSNSで情報を受信した成果だと思います。
――SNSは市場調査やユーザーの意見を聞くのにすごく便利なツールですよね。しかし、企業とユーザーの距離が近すぎるという難点もあります。炎上しないようなコミュニケーションはどう心がければいいでしょうか?
田村: それはもう、まっとうな企業になるしかないです。嘘をつかない、徹底的に消費者の声を聞く、トラブルには真摯にお応えする。そういうまっとうな企業でいるしかないんじゃないかと思います。
――一番シンプルで難しいですね。
田村:実は私が大学で担当している講義でも「炎上したときにどう対応したら良いか」はすごく研究していますが、真摯な会社はとても真面目に対応しているんですよ。たとえば、隠蔽はせず、きちんと調査をして、その調査結果もいつまでに公開するかを明確に発表し、内容も包み隠さず公表しています。なおかつ謝罪すべきところがあれば謝罪をし、直すべき部分があれば「こうやって直します」と明確にして、改善計画も作って公表しています。これはもう、完璧ですよ。
――それ以上責める場所がないですね。
田村: そうです。こんなに完璧にしないにしても、きちんと考えて、企業として真摯に対応し、ベストな考えを発表するだけでも良いと思います。
最近は差別問題を初め、センシティブな事柄にも注目が集まっています。こういった問題には、なおさら小手先の謝罪やテクニックでは炎上に対応することはできません。これまでよりも、企業ミッションや社会的な存在価値、パーパスを企業として明確にし、企業全体がそれをベースに活動していく必要があります。経営者がどう考えているか、元々その企業は何のために生まれたのかを改めて考えておきたいですね。
すべての企業には存在する意味があるし、起業したときの熱意も必ずあります。それを改めてきちんと組織全体に浸透させるのが、とても大切だと思います。
デジタルマーケティングは難しくない
――これからデジタルマーケティングの世界に踏み込んでいかなければならない初心者の人に向けて、メッセージをお願いします。
田村: デジタルマーケティングは難しいものではありません。1つ1つきちんと正しく物事をみて、正しく考えていきましょう。基本さえできていれば、あとはアイデアや勘、経験がその先に生きてきます。「デジタルでなんかしよう」「デジタルでなんかやれ」より、「デジタル化した社会の中で、どうやって考えていこうか」という思考をベースにしていきましょう。
――田村さん、ありがとうございました。
ソーシャルもやってます!