提案資料づくりがとにかく苦手だった… ライオンのブランディング担当が語る「不得意を克服するヒント」
「苦手なことを克服しようとするより、得意を伸ばすほうがいい」そんな言葉を聞いたことがある人は多いだろう。しかし、自分のやりたい仕事を実現するには、どうしても苦手なことと向き合わなくてはいけない場面もある。
ライオンでコーポレートブランディングを担当する長(ちょう)氏も、若手時代にそんな壁と直面してきた。長氏はその壁をどう乗り越えたのだろうか。
壁にぶつかってばかりの若手時代
ルール1 「伝える」のではなく「伝わる」ことが大事
長氏が社会人になり最初の壁にぶつかったのは、前職の資生堂にいたときのことだ。大学を卒業して資生堂に入社し、4年間は営業職として働いていた。当時、資生堂で初めてFacebookアカウントを立ち上げるチームができることになり、社内公募で人材募集がされていた。学生時代からSNSが好きで活用していた長氏は自ら手を挙げて、経営企画部に異動した。
しかし、早々に長氏は壁にぶつかる。上層部に提案を通すために必要な資料の作成が思うようにできなかったのだ。
先輩社員はみんなロジカルで仕事のできる人ばかりでした。提案資料を作成して先輩や上司にレビューをしてもらうと、原型をとどめないほど赤字の修正が入って戻ってきます。どうまとめていいか悩んで、最初の2ページしか作成できず、提出の期日が迫ってきたこともありました。
その結果、先輩に仕事をすべて巻き取られて、自分は何をやってきたんだろうとショックでしたね。『このままではこの部署に居られないかもしれない』と焦りも感じていました(長氏)
長氏は仕事を続けていくには、苦手な資料作成と向き合うしかないと腹を決めた。まずはプレゼンやセミナーで見かけたわかりやすい資料を集めて、参考フォーマット集をつくった。そこで気付いたのは、提案を通すためには「伝える」のではなく「伝わる」ことが大事であることだ。
伝わる資料は論理展開が重要なのだと気付きました。たとえば、課題を伝えるなら外部環境や内部環境を説明した上で話さなければ、課題感が伝わらない。エビデンスや参考資料をもとにどう仮説立てをしたのかを示すことで納得感のある資料になる。当たり前のことですが、当時はそのこともわかっていなかったんです(長氏)
異動から1年後、Facebookの企業アカウント立ち上げの提案書を上司と共に作り上げ、無事に役員の承認が下りた。長氏はようやくやりたかった仕事の一歩を踏み出した。
マイルール2 成功体験の積み重ねで、過去の挫折をポジティブに変える
公式Facebookアカウントが開設されて、関連部門から投稿する情報を集めるためにFacebook編集会議が毎月開催されることになった。意気込む長氏だったが、またしても壁にぶつかる。各部署からネタを引き出したり、協力体制をつくることが難しかったのだ。
当時、私は20代で他部門の方たちはみんな年上のベテラン社員ばかりでした。Facebookを使ったことのない人もいて、FacebookがどんなSNSなのかを説明する必要もありました。SNSの投稿で大事なのは写真です。いかにも宣材写真だと反響が期待できないので、なるべく手づくり感のある写真を撮影してきてほしいとお願いしました。しかし、『研究所や工場は遠いのに、なぜ撮影しに行かなければいけないんだ』と受け入れてもらえなかったんです(長氏)
関係部署から理解が得られず、編集会議のファシリテーションにも苦労した。しかし、困ってばかりもいられない。長氏は苦手なファシリテーションを学ぼうと考え、人事部が開催するファシリテーション研修にも参加した。そこで気付いたのは、自分の意識変革が必要であることだった。
主担当の業務の場合、自分の意見に賛同してほしいという気持ちを持ってしまいがちです。でも、Facebookの運用は皆さんと協力して一緒に作っていく必要がある。そう考えたら、謙虚な気持ちを常に持って、依頼される側がどう思うのかを考えることが大事だと気付いたんです。依頼をするときは、『WHY(理由)』をしっかり説明することを意識するようにしました(長氏)
具体的には、Facebookに現場感のある写真と宣材写真を投稿したら、どのくらい反応が違うかという数値を見せて、撮影するカメラは一眼レフではなくスマートフォンで大丈夫だと丁寧に説明した。「せっかく研究所や工場の取り組みを広報するなら、リアル感や素人撮影ならではの温かみが出る写真の方が伝わると思います」と話してみると、相手も納得して動いてくれるようになった。
撮影やネタの提供などをしてもらった投稿の反応がよかったときはすぐにフィードバックして、『この方向性は間違っていない』と感じてもらうことを大事にしました。私の意識が変わって、出席者一人ひとりの性格や言動、立場を少しずつ理解できるようになると、『この流れで、この人に意見を言ってもらうといいかも』と会議をうまくまわせるようになっていきました(長氏)
資料作成、ファシリテーション。長氏は苦手だと感じたことに向き合い、むしろ得意分野に変えてきた。その原動力はどこから来るのだろうか。
私は自分を能力のある人間だと思ったことがないんです。学生時代は勉強が得意じゃなくて高校受験に失敗して、希望の学校には入れませんでした。でも、その学校で勉強を頑張ってテストで高得点が取れたらクラスメートから『勉強を教えて』と言われるようになったんです。初めての経験がうれしくて、自分もやればできるかもしれないと思って頑張ったら高1の時に学年で1位の成績を取ることができました。
でも、大学はストレートで受からずに浪人しました。自分の中では失敗体験です。ただ、過去の意味はこれからの成果次第で変えることができる。仕事などで成果を積み重ねて『失敗があったから、今の自分がある』と言えるようにしたいと思っています(長氏)
「プロダクト」ブランディングから「コーポレート」ブランディングへ
ルール3 予測不能な時代に備え、自分の市場価値を高める
資生堂では、Facebookの運営や企業サイトなどのオウンドメディアを担当し、その後は商品のマーケティング領域でブランドPRや戦略PRの推進など自社の信頼・評判獲得するアーンドメディア、デジタルやTV・新聞広告などペイドメディアのバイイングおよびコミュニケーション戦略の立案など、いわゆるトリプルメディアすべてを経験した。
当時の上司が、私にさまざまなことを経験させようとしてくれました。今思えば、成長のレールを敷いてもらっていたと思います(長氏)
しかし、2020年にコロナ禍が訪れる。先行きの見えない状態が長く続き、マーケティング施策がすべて止まったブランドもあった。1年先の戦略を立てながらも、「1年後に本当に予算があるかわからない」という状態でもあった。
この状態が1〜2年続いたら、自分は何の成長もないまま時間だけが過ぎていくのか。そう思ったときに初めて、自分が強く成長を求めていることに気付いたんです。これまでは敷いてもらったレールを歩んできたけど、これからは自分の成長に向けて自らレールを敷いていこう。そう思って転職活動をはじめました(長氏)
長氏はメーカーや広告代理店などを中心に転職先を探した。資生堂とライオンは共同で物流協業していたり、ライオン出身の人が資生堂に多くいたこと、業界も近しいことから良いイメージをもっていた。そして、ライオンの公式サイトを確認したところ、今後オウンドメディアやコーポレートブランディングに力を入れていくため、採用を行っていることを知った。
当時、私は『プロダクトブランディング』よりも『コーポレートブランディング』の重要性を感じていました。コロナ禍で生活者が企業の透明性や社会的責任に目を向け始めていたからです。たとえば、化粧品は機能面だけでなく情緒的な世界観も重要なため、コーポレートよりもプロダクトのブランディングを優先します。そうなると、知名度のあるブランドでもどこのメーカーの商品なのかが生活者に認知されない弊害もありました。さまざまな商品がコモディティ化する中、今後、生活者が商品を選ぶときに『どこのメーカー』なのかを意識して購買されるケースが広がっていくだろう、だからこそ企業はコーポレートブランディングを強化していかなければならないと思っていました(長氏)
その頃、「サスティナビリティ」や「SDGs」という言葉もよく聞かれるようになった。日用品は購入する機会が多いため、プラスチックなどを減らすことができれば環境にも大きなインパクトになる。こうした背景から、日用品を扱うメーカーの新しいブランドコミュニケーションの形を推進していくのは、やりがいや成長につながると考えた長氏はライオンに入社した。
ルール4 新しいことに事例はない。常に業界のトップランナーを目指す
ライオンに入社して最初に任された仕事は、コーポレートサイトのリニューアルだ。社内の多くの部門と連携を取る必要があるが、コロナ禍の入社でリモートワークが基本だったため他の社員と会うことができず、社内に知り合いは誰もいない状況だった。「リニューアルを推進していくには、いかに短期間で社員に認めてもらい、プロジェクトに協力してもらうかが重要だ」そう思った長氏だったが、関係性を構築するのに役に立ったのは意外なことだった。
前職の資生堂は150年以上、ライオンも130年以上の歴史がある会社です。私は会社の歴史を知るのが好きで、ライオンの歴史が書かれた『120年史』という社史の存在を知り、2週間ほどで読みました。そこで知ったライオンの歴史で感銘を受けたことなどを話したところ、『入社まもないのによく知っているね』と驚かれました。プロパー社員の方は愛社精神が強いので、ライオンの歴史に興味をもっている私を、部外者ではなく仲間として捉えてくれたようです(長氏)
とはいえ、中途入社の長氏がリニューアルを担当することへの反発は多少なりともあった。リニューアルの方向性を関連部門に相談に行っても、すんなり受け止めてもらえないこともあったという。しかし、資生堂でFacebookを運営したときのように、ひとつずつ丁寧に説明して少しずつ人間関係を築いていき、長氏の理解者が一人また一人と増えていった。
パーパス起点のコーポレートサイトへとリニューアルするにあたり、誰もが使いやすい・見やすい・わかりやすい『ユーザビリティ』を追求しました。ユーザーの閲覧の負担を最小限にして、ライオンらしい親しみのあるサイトイメージ、知りたい情報へのアクセス性を高める利便性を考えました。また、リニューアルのコンセプトとして、取り組みや活動の実態をしっかり伝えるStory Doing型のサイトであることを心がけました。コンセプトを話すだけでなく、実際の取り組みをしっかり伝えることを意識しています(長氏)
無事にリニューアルプロジェクトを終えて、ライオンのコーポレートサイトは、JAA デジタルマーケティング研究機構主催 第10回Webグランプリ コーポレートサイト部門 【優秀賞】を受賞した。
長氏は資生堂時代から、常に業界のトップランナーでいることを目指してきた。そのため、他社に追随するのではなく、新しいことにチャレンジしてきたという。
デジタル業界にいる以上、常に新たなものやテクノロジーを活用してチャレンジしたいと思っています。ただ、新しいことを提案すると、たいていの場合『何か事例はないの?』と言われることが多いです。『事例がないとイメージがわかないから判断できない』と言われたこともありました。
でも、新しいことに事例なんてあるわけないですよね。あるのは予測や想定だけです。だから、ようやく推進までこぎつけたプロジェクトは、何とか成功させて自分たちが成功事例になることを目指しています。その成功体験の積み重ねが自信に繋がり、トップランナーに向けてチャレンジし続ける原動力になると思います(長氏)
ライオンのコーポレートデザインを大きく進めようとしている長氏に、今後の展望について聞いた。
コーポレートコミュニケーションという領域は、経営や人事、研究開発、サステナビリティなど多岐に渡るため、こうした情報をいかに統合し生活者にわかりやすい文脈でブランド認知を高めていけるかが重要だと思います。130年以上続く企業であるため、『ライオン』というブランド名は非常に認知度が高い一方、まだまだ生活者の頭の中にライオンの『ブランド価値』を認識してもらうコミュニケーションが十分ではないと感じています。生活者にライオンの価値を届け、日用品の中でどちらの商品を選ぼうか迷った際に『ライオンの商品を買おう!』と思っていただけるようなブランディングを今後も推進していきたいと思っています(長氏)
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