コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の参十六
孫正義はタイムマシン経営と呼ぶ
知識差は商売の妙味でもあります。専門家は最たるものですし、寿司屋の魚の目利きも同じです。
ブログやSNSを「輸入」して成功したのもそうですし、ソフトバンクの孫正義さんは海外と国内の流行の時差を利用したこの戦術を「タイムマシン経営」と呼んでいます。
知識差を活かすということです。とはいえ、知識差を逆手にとったいい加減な仕事が流通しているのもウェブの世界です。
夏休みもファイナルカウントダウン。あなたの知らない世界第2弾。プロとして報酬を頂いている人の実話です。
「入札価格」を知らない外資系コンサルタント
「ヤフーの検索結果に表示させたいのですが」と相談を受けたのは今年の2月。
外資系のコンサルタントに発注し、サイトはできあがり、検索結果に表示させるためのお金も振り込んだのですが表示されないという相談です。
検索結果はお金で操作できません。詳しく訪ねると、どうやら「オーバーチュア」の広告のことのようです。
しかし、あれはヤフー……オーバーチュアの事情ですから、適切な手段を講じていて表示されないのであれば、私に相談されてもどうにもできません。
パナマ導入以前のオーバーチュアは入札金額がそのまま表示順位でしたので、キーワードの価格を調べてみると上位4位までに表示されるには40円が必要でした。
入札価格がいくらか尋ねると、「なんでしょうかそれは?」と答えます。相談者は入札制を知りませんでした。その場でコンサルタントに確認させると、のらりくらりと言い訳をしますが、どうやらこちらも知らない様子。
知人の紹介ということもあり、私の方で引き継ぐこととなりました。
入札状況をチェックしてみるとすべて最低入札価格の9円。つまり、デフォルトのまま何もしていないということです。これでは上位に表示されるわけがありません。
相談者は月額10万円までの予算を見ており、仮に最高額で入札しても月額3万円程度の見積もりでしたので予算の問題はありません。単純に設定されていなかったのです。
このコンサルティング会社はカナダに本社のある「外資系」で、ホームページには「インターネットで世界へ」と高らかに掲げられています。今でも。
そして、オーバーチュアの過去の履歴を精査してみると、オーバーチュアの「審査」が通った直後の数日のクリック数は、「実績作りのクリック」というレトロな手法を疑わせるものでした。
DNSサーバーを知らない大企業のウェブ担当者
外資の次は大手の話。
ドメイン名やコンピュータ名(「www.impressrd.jp」など)と、ネットワーク上の住所にあたるIPアドレス(「202.218.13.214」など)を対応づけて回答する役割をもつサーバー。「ネームサーバー」とも呼ばれる。レンタルサーバーを引っ越した場合などは、新しいサーバーのIPアドレスに合わせてDNSサーバーに登録している情報を更新する必要がある。
DNSサーバー※1は大切なものですが日頃は意識することはありません。ドメイン名はそのままにサーバーを引っ越しをする際にごく僅かの知識を要しますが、これも特に難しいというものではありません。
やることと言えば「これからはこっちのサーバーで公開しますよ」という「こっち」のアドレスに変更する(または変更を申請する)だけです。
ところが、某国営電話網系列のサイト運営している「ウェブ担当者」はDNSサーバーを知りませんでした。家族経営の零細企業ではなく、CMの女王を擁したテレビコマーシャルを流していたり、グループにシェアナンバーワンの移動体通信企業を持つ大企業です。
それがDNSサーバーを「わかりません」「詳しいものが不在で」と、変更できなかったって……信じられるでしょうか。
レンタルサーバーを引っ越せない「ウェブプロデューサー」
弊社のクライアントがとあるプロレス団体を応援しておりました。
クライアントの「プロレス愛」に触れ、私もホームページでお手伝いすることになりました。
プロレス界は紆余曲折が日常茶飯事で、立ち上げから1年後にプロレス団体の社長交代となりました。その際にホームページも自分たちでやりたい、ついてはドメイン名を譲って欲しいといいます。
担当者は新社長の親友という「ウェブプロデューサー」で、過去にはヤフーにも在籍しており今は某巨大企業系サイトにいるという触れ込みです。企業系サイトとコラボレーションも考えているといいます。
ホームページはレンタルサーバーで運営していたので、すべての書類(権利)をあちらに渡して「あとはご自由に」という条件で無償譲渡しました。
ウェブプロデューサー様がやるというのなら一切の手を引くのがベストです。いずれ取り上げますが、ウェブの世界はとかく船頭が増えやすく、“船頭多くして船山に登る”とあるように船は山に登りまくりますので。
引き渡し後、すっかり忘れているとクライアントから「移転できないみたいなんだけど」と電話が。
責任者不在で逃げ仰せる大企業
リニューアル公開4日前になっての話です。引き渡しから4か月以上経っていました。
新社長の友人でヤフーにもいたウェブプロデューサー様に、実務はわからないので「ウェブ担当者」に渡して欲しいといわれ送ったのが4か月前、その担当者は退社して今はおらず、引き継ぎは一際されていないといいます。
溜息をつきつつ、再度書類をファックスで送ります。しかし帰ってくる返事は「できません」。ウェブプロデューサーは捕まりません。
リニューアル公開予定の数時間前となりました。仕方がないので、こちらの作業でレンタルサーバーに「フレーム」を置いて、大企業のサーバーから中身を引っ張り「緊急避難」としました。
それから1年後。ウェブプロデューサーは親友だったプロレス団体の社長を捨て、花形レスラーと逃げだし、コンテンツは閉鎖すると言います。
DNSサーバーは変更されることなく、最期の最期までフレームのままで。
……字数が尽きてしまいました。
まだまだあります「SSIを知らない商売用ホームページ教室」に、「仲御徒町なのに世界へ」などなど。
外資や大企業であっても、看板はピカピカでも「そうでもない」ウェブ担当者は多くいます。もちろん、トップランナーは違いますが、そこそこでも「喰っている人」がいるのもウェブの世界です。
ネットの「表面」からは見えない「知らない世界」は沢山あります。またいずれ紹介できれば。
♪今回のポイント
外資や大企業の大風呂敷は話半分ぐらいでも丁度良い。
隣の芝生が青く見えるのと、他社のウェブが凄く見えるのは同じだったりする。
- 電子書籍『マンガでわかる! 「Web担当者」の基本 Web担当者・三ノ宮純二』
- 企業ホームページ運営の心得の電子書籍
「営業・マーケティング編」「コンテンツ制作・ツール編」発売中! - 『完全! ネット選挙マニュアル』
現場の心得コラムの宮脇氏が執筆した電子書籍がキンドルで2013年6月12日発売! - 『食べログ化する政治』ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある(2013年8月1日発売)
コメント
どこにもいるんですね
うちも、うちでは対応しきれない大規模サイト案件を
同業者へ引き渡すこととなったんですが、サーバーの
担当者が移行の設定方法を知らない。
そのうえ数日に分けてイチイチ、電話で設定方法を
問合せてくる。
不思議に思います。
やはり技術がネックなのでしょうか
編集部の安田です。コメントありがとうございます。
ウェブサイトの云々になると、込み入ったことでなくても、そこかしこに技術的な問題が関係してくるのが難しいところですね。
レンタルサーバー1つとっても、LinuxやWindowsなどのOSの設定、ApacheやIISなどのhttpdの設定、ASP、PHPやPerlなどのスクリプト言語、MySQLやPostgreSQLなどのDB、ドメイン名やDNS、さらにそのうえで動作させるCMSのこと、検索エンジンのクローラや挙動……
ぱっと出しただけでも山ほどの技術的なポイントがありますよね。
もちろん、Web担当者がこれらのポイントを理解していて自分で解決方法を知っているのが一番なのですが、そういうわけにもいかないのが現実。
とはいえ、そこで「技術的なことはわからない」とあきらめてしまうのと、「自分で作業できなくてもいいけど概念と仕組みぐらいは理解しておこう」と努力するので、Web担当者としての能力に大きな違いが出てきますね。
Web担でも、読者のみなさまが「わかりません」とあきらめてしまわないWeb担当者になれるように、コンテンツをがんばって出していきます。はい。
コメントありがとうございます。
お気持ち察します。
執筆しておりますミヤワキです。
子細がわからないので一般論ですが、規模が大きくなるとドメスティックになる傾向があります。これはどの業界でもいつの時代でも起きるのですが、「IT系」では顕著なようです。
それ故、社内で割り当てられた仕事のみに精を出して、隣のデスクの仕事すら分かろうともしません。
だから「サーバ担当者」といっても、どういう理屈で動いているかは知らなくても、「自社サーバだけ知っている」という人も増えています。
そして「ネットで検索」が常識のように語られる昨今、ビジネス上でもコモンセンスとばかりに非常識な人が増えてきております。
「自分の知りたいところだけ教えてよ。ねぇ」
という相手の都合も考えずに行動する人のことです。
匿名掲示板はそれで通じても、ビジネスでは通じないのですが。
失敗例は闇に葬られ歴史から抹消され、ウェブ担当者の煩悶が繰り返されます。
そこで9月に「ホームページが失敗する理由」の掲載を予定しております。
失敗理由は山ほどあるのですが、特に中小企業の失敗理由の究極とも言えるものをピックアップして紹介します。