ブランドの本質的な課題を見抜く! 博報堂流マーケティングプランニング術
成熟した市場では、思うように売上やユーザー数を伸ばすのが難しい。この状況を打破するには、本質的な課題設定に基づく施策開発が重要になる。そこで、「Web担当者Forum ミーティング 2024 秋」では、博報堂のマーケティングプラニングディレクター 飯野氏が登壇。ブランドの本質的な課題を解き明かし、選ばれる理由を生み出すマーケティングプラニング術について紹介した。
重要なのは問題提起・指摘ではなく、「課題設定」
博報堂プラニングハウスは、2014年4月に発足した博報堂のグループ会社。同グループ初の戦略プラニングブティックとして、クライアントの本質的なマーケティング課題を明らかにし、クライアントビジネスの成長に寄り添う戦略プラニング集団である。
「広告は課題解決のためにあるといわれるが、我々はその手前の“課題設定”にこだわって、日々クライアントを支援している。重要なのは、問題提起や指摘ではなく、課題設定だ」と飯野氏は強調する。
なぜ課題設定が重要なのか。問題提起や指摘と課題設定とでは、何が違うのか。
たとえば、「この商品は認知率が低い」というのは、問題の指摘です。他方、「この商品がなぜ認知されていないのか?」と、さらに一歩踏み込んで、低い商品認知率の理由・要因を探るための問いを立てるのが課題設定です(飯野氏)
問題の指摘だけでは、次の一手を打つことができない。では、認知率が低いという問題の要因は何か。たとえば、課題として次の仮説を挙げることができる。
仮説1:知るきっかけがない
仮説2:その商品を覚えるべき価値が消費者に伝わっていない
仮説3:そもそも名前が覚えにくい
仮説4:知らないのではなく、忘れているだけ
こうした課題がみえてくると、次図のように、やるべきことも見えてくる。たとえば、仮説1の「知るきっかけがない」という課題に対しては、「広告出稿量を増やそう」「タッチポイントを見直そう」という、やるべきことがみえてくるわけだ。
「これと同じようなことがWebマーケティングの世界でもよく起きている」と飯野氏は指摘する。たとえば、次のような問題だ。
- 売上目標や予算が年々上がっていくなかで、これまでの獲得施策の効果が鈍ってきている
- CPA(Cost Per Action)やCPM(Cost Per Mille)、リード獲得効率など、追い求める各種のKPIの数値が徐々に悪くなってきた
- DAU/WAU/MAU(Daily Active Users/Weekly Active User/Monthly Active User)といったアクティブなユーザーがどんどん減ってきてしまっている
このように、さまざまな「問題」が、具体的な数字・データで見えることが当たり前な時代になっている。しかし、その「問題」の本質的な理由・要因は何か。その状況を突破するにはどうすればいいのか。ここが見つからずに困っている担当者が多い。
そこで、「問題提起・指摘」ではなく、「課題設定」をするためのマーケティングプラニング(以下、プラニング)やリサーチを意識することが重要になってくる。
プラニングのプロセス① 産業構造・事業理解
プラニングでは、まずは「産業構造や対象事業を深く理解する」ことが大切になる。そのため、飯野氏は次のような視点をもつよう、心がけているという。
- この業界は、どんな課題やトピックがHOTなのか
- そもそも、この産業はどんな経緯で生まれているのか
- この産業は、どんな他産業と連携しているのか
- この事業は、その企業の他事業とどんな関係があるのか
- 生活者は、この産業・業界をどう評価しているのか
では、具体的にどのようなアプローチを行っているのか。その一端を示したものが次図になる。
こうしたアプローチで産業・事業の理解を深めるなかで、意識していることがあるという。それが次図に示した内容だ。
プラニングのプロセス② 現状把握
産業・事業の理解の次には、現状把握をしていく。その際に大事なポイントが3つある。
- 正しく
- リアリティのある
- 構造的に
一般的には、ブランドファネル(知名・認知・理解・好意・利用/購入意向・現利用/購入)やブランドイメージ評価(信頼できる・親しみやすい・高級感がある・革新的 など)を用いて、自社の対象商品サービスが市場でどのようなポジション・存在感を形成できているのかを把握していく。
これに対し、飯野氏は「決して間違ってはいないものの、生活者の本音・リアリティのある認識なのかというと、これだけではまだ解像度が低い」と指摘する。そのため、調査設計時に最も意識していることが「見立て・視点」だという。
具体的な現状把握の分析事例をいくつか紹介しよう。
分析例:商品サービス選好におけるブランド力を把握する①
次図は、「消費者が店頭で商品を選択するときに、どの程度、企業ブランド力が貢献しているのか」という問いを立て、企業ブランド力も加味したうえで、商品購買力を把握するために行った分析結果だ。
図の中心にある横軸よりも上にあるのが、「あなたは、この商品をどの程度選びたい/購入したいと思いますか?」と聞いた結果であり、「個別の商品力」を示している。そして横軸より下にあるのは、「(同価格、同品質だった場合)あなたはそのブランドの商品やサービスをどの程度、選びたいと思いますか?」と聞いた結果であり、「企業ブランド力」を示している。
さらに、「以下の商品は、それぞれどこの企業メーカーから発売されている商品だと思いますか」と聞いた結果を「企業と商品の結びつき係数」として掛け合わせ、オリジナルの計算式によって包括的な「商品購買力スコア」として算出している。
この結果から、個別商品力では商品Bより商品Cのほうが高いが、企業ブランド力との結びつきを踏まえるとトータルでの商品購買力は商品Cより商品Bのほうが上回っていることがわかる。たとえば、単体のスペックや機能はCのほうが優れているが、実はBという商品もブランド力で売れている、といったことがわかるわけだ。
分析例:商品サービス選好におけるブランド力を把握する②
次のグラフはいずれも宅配ピザの画像だけを見せ、「どれを購入したいか?」と聞いたものである。左側はブランドロゴを掲示しなかった場合、右側はブランドロゴを見せた場合の結果となっている。
この結果から、ブランドAはロゴの提示前は他ブランドに比べて優位だったにもかかわらず、ロゴを提示した状態で比較すると弱くなっていることがわかる。つまりブランド力が相対的に低いのだ。ブランドBでは逆の現象が起きていることも見て取れる。
分析例:インシデント発生後の回復プロセスを探る
続いて、インシデント発生後に「どうしたら信頼を回復できるのか」「愛されるブランドに返り咲けるのか」を知るために、ファクト品質スコア・期待スコア・信頼スコアの回復プロセスを分析したアプローチを紹介する。
まずは、日本経済新聞社の「日経企業イメージ調査」のイメージスコアの総和から、次の3つのスコアを算出する。
信頼スコア:信頼性がある・伝統がある・安定性がある
期待スコア:成長力がある・活気がある・技術力がある
ファクト品質スコア:新分野進出に熱心・扱う製品サービスの質がよい・研究開発/商品開発が旺盛・文化スポーツイベント活動に積極的・営業販売力が強い・よい広告活動をしている・顧客ニーズへの対応に熱心
そしてインシデント発生時点のスコアを基準値(100)として、インシデント発生前後のスコアを時系列でプロットしたものが以下のグラフである。
上図は航空会社を取り上げたグラフ例だが、「信頼」の前に「期待」が立ち上がり、その前に「ファクト品質」が回復していくことがわかる。しかもこの順番は、他業界での事例を分析した結果を見ても同様となる。
今回紹介した以外にも、博報堂プラニングハウス独自の見立て・視点から生まれた分析手法は多数あり、それらすべてが実務のなかで生まれたり、進化させて行ったりしたものであるという。
今、世の中がどう見ているのか。どういう目線がブランドを評価するものさしになっているのか。こうしたことを日々確認して議論しながら、実際のマーケティングリサーチや分析手法に活かしています(飯野氏)
プラニングのプロセス:仮説構築
では、現状の自社の立ち位置や状況が見えてきたうえで、どんな戦略や方針で施策を設計していくべきなのか、アプローチ仮説を考えていく。
たとえば、誰がビジネスターゲットなのかを考えるうえで役に立つのが、次の3つのデータである。
マクロデータ:人口動態のなかで、ターゲットとなり得る生活者が、どのくらい存在するのか。社会潮流として、生活者にどんな価値観やライフスタイルが発生しているのか
アクチュアルデータ(クライアントが保有する顧客データ):実際のユーザー/購入者はどんな人たちなのか。どんな人たちを獲得できており、離反者はどんな人たちなのか。優良顧客はどんな人たちか
リサーチデータ:想定するターゲット像が、どの程度、存在するのか。狙うべきターゲット像の解像度をもっとクリアにする
ある自動車会社を分析した結果、次のことがわかった。
<マクロデータ>
世帯所得の二極化、世帯収入800万円以上は20%以下に。都市近郊の車が必要な生活圏に居住する人が増加。
<アクチュアルデータ>
これまでは、技術や性能に関心がある車好き/走り好きだったが、直近は、世帯収入の高い若年ファミリーがユーザー化。
<リサーチデータ>
輸入車/国産新車が高騰するなか、品質感のある外観や性能(機能美)を手の届く価格帯で手に入れたいユーザーにシフトしつつある。
このように、いろいろなデータを組み合わせて、実際のビジネスターゲット、コミュニケーションターゲットを洞察していくわけだ。他にも以下のような仮説構築のためのアプローチがある。
- ブランド・商品サービスのどんな特徴や事実が魅力になるのか
- 今の市場の選択基準や争点のうえで勝てるのか。それとも新たな選択基準や争点を生み出す必要があるのか(戦うのか、戦わないのか)
- 対象商品サービスを選んでもらうための理想的なファネルダウンを実現するタッチポイントや情報源、エクスペリエンスとはどんなものか
- どんな瞬間に消費者のニーズが顕在化するのか
- メジャー感のあるブランドに見えたほうがいいのか。それとも特定の人から愛されるプライマリーブランドになるべきなのか
各種データベースを活用しよう
仮説構築後はリサーチ設計に入るわけだが、「これらの仮説を検証するために、『まず調査をしよう』と考えるのは尚早である」と飯野氏は指摘する。その理由はシンプルで、昨今ではわざわざ新しい調査をしなくてもたくさんのデータや情報が多くあり、わかることや見えることが増えているからである。
たとえば博報堂グループには、「HABIT(ハビット)」という生活者の価値観や行動を時系列で定量的に捉えられる生活者データベースがある。また、「生活定点」という、1992年からの長期時系列で社会や生活者の変化を捉える、マクロ視点での生活者観測データベースもある。
他にも有償/無償で多くの人が利用できるデータベースとして、Web担当者には馴染みのある「Googleトレンド」や総務省統計局が提供する「e-Stat(イースタット)」、ビデオリサーチの「ACR/ex(エーシーアール エクス)」、日本経済新聞社の「日経企業イメージ調査」などがあり、仮説検証に役立てることができる。
最後に飯野氏は、改めて「マーケティングプラニングにおいては、問題の指摘ではなく『課題設定』が重要であり、事実の把握だけでなく『仮説の検証』が大切になってくる」と語り、セッションを締め括った。
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